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いのち守るためのAI。医療現場へのAI導入の壁

2021.8.15公開 2023.2.8更新

概 要

AIはさまざまな分野で導入が進んでいますが、「精度の高さ」が特に求められるのが医療現場です。もちろん、人の命を扱うためです。医療現場へのAIの導入を目指す方に向け、活用事例やメリット、課題、関連分野でのAI活用の状況についてお伝えします。

目 次

医療現場でのAI導入の実際
医療業界でAIが注目されている理由
医療現場でのAI活用事例
 ・レセプト業務の自動処理
 ・診療録(カルテ)解析
 ・AI画像診断
 ・コミュニケーションロボット
医療現場へのAI導入メリット
 ・事務作業の効率化
 ・医療データの収集、分類、分析
 ・医療業務の効率化
医療現場でAIを導入する際の課題
 ・医療従事者のAIに関する知識の不足
 ・AIの説明性(XAI)と妥当性の検証
 ・データが少ない疾病への対応
 ・エラーによる被害
 ・プライバシーの問題
医療関連分野でのAI活用と展望
 ・新薬の開発
 ・診察・治療の支援
 ・介護
AIは医師にとって「医療の補助ツール」
医療現場はAIの壁を乗り越えられるか

医療現場でのAI導入の実際

2022年度の診療報酬改定により、同年4月から新たに「人工知能技術(AI)を用いた画像診断補助に対する加算(単純・コンピュータ断層撮影)」が、保険適用されることが決まりました。画期的なことであり、AIを用いた画像診断支援の医療領域へのさらなる広がりが期待されています。これが象徴しているように、医療現場では画像診断のためなどを中心に、医療用の画像認識AIを開発が進んでいます。

一方で、医療従事者の多くがAIに関する知識を十分に得ていないなど、現場でAIを存分に活用するにはまだまだ多くの課題が残されています。また、ディープラーニングなどAIに関わる技術が進歩してきたとはいえ、現場医療に十分な有効性を発揮できるかの妥当性が十分に検証されていないケースもあり、AIが人に代わって意思決定を担うようになるまでには、まだ時間がかかるのが実際です。

出典:WIRED「グーグルが開発した“医療用”の画像認識AI、その実用化までの課題」
  :産総研マガジン「医療AIとは?」

医療業界でAIが注目されている理由

医療業界でAIが注目されている理由には主に二つあります。

一つは、医療現場におけるヒューマンエラーです。ヒューマンエラーは時に大きな医療ミスにつながることがあり、医師や看護師の知識・スキル不足というよりは、人手不足や効率不足による無理な現場状況が原因であることが多いとされています。人間は単純作業の繰り返しの中でミスを起こすことがありますが、AIは膨大な回数の単純作業でも同じ結果を出し続けることがまさに得意です。そのため、ヒューマンエラーを抑止できると期待されます。

もう一つは、医療の地域格差です。過疎化が進むほど医療機関など医療リソースが少なくなる傾向にあり、医師や看護師など医療従事者一人ひとりにかかる負担が大きくなっています。こうした負担の偏りを解消するためにも、AIが医療支援で効果を発揮すると期待されます。

医療現場でのAI活用事例

医療現場へのAI導入を目指すに当たり、まず実際の事例を知ることが第一です。医療AIは、命を扱うことから慎重にならざるを得ない面があるものの、さまざまな場面で活用が進められています。五つの活用事例を見ていきましょう。

レセプト業務の自動処理

レセプトとは診療報酬明細書のことです。施した診療内容を基にレセプトを作成し、審査支払機関へ提出するのがレセプト業務です。定型的な処理を得意とするAIはバックオフィス業務との相性が良いとされており、その業務の一部をAIで自動化するソリューションの開発も進められています。

例えば、人間が作成したレセプトを確認するためのAIチェッカーが提供されており、複数のAIプロダクトが実際に現場で使用されています。AIでレセプトをチェックすることでミスを高確率で見つけることができ、誤請求の防止や事務業務の効率化につながることが期待されます。

診療録(カルテ)解析

ディープラーニング技術や最近のTransformerなど、機械学習技術の進化により、テキスト情報を処理する技術分野である自然言語処理の能力も発達してきています。自然言語処理技術を用いることで、例えばAIを活用している症状検索エンジンである「ユビー」などのような、カルテから疾病を診断するAIが医療現場で活用される例も増えてきました。

カルテには患者の病歴や検査結果、診察を通して得られた医師の所感などが書き込まれています。内容が膨大だと人の目では疾病を診断するのが難しいケースもあります。膨大なデータの中から規則性を見つけ出すことも得意とするAIを用いることで、カルテから疾病を特定し医師の診断を支援し、作業時間も短縮化するといったことが目指されています。

AI画像診断

医療AIの活用方法として多いのが、画像から疾病診断を行うAIです。レントゲン写真や心電図などの特徴を学習させることで、ケースによっては医師よりも正確に、かつ素早く疾病診断ができるといった例も報告されています。また、患者の高齢化と患者数の増大などを背景に、医師の数が追いついていないという現状がある中、こうしたAI画像診断を用いることで現場の負担を軽減し、スムーズに診断や治療を進められるという点でも、今後の活用が期待される分野です。

一方で、患者の命を預かる医療において誤診は許されません。またその診断の説明性も求められることから、重大な内容に関わる診断を完全にAIに任せるケースはまれであり、あくまで医師の判断を支援するためのツールとしてAIを用いるのが現実的な活用方法だと考えられます。

出典:QLifePro 医療ニュース「AIに心電図とレントゲン画像を読み込ませ、副伝導路の高精度な予測に成功-神戸大」

コミュニケーションロボット

AIは音声処理の分野や自然言語処理の分野でも目覚ましい進化を続けており、人間との会話がある程度成り立つような技術も登場しています。そうしたAI技術を用いた会話ロボットは、入院中の患者とのコミュニケーションに用いることで一定の効果が期待されています。

例えば、初診患者の受付や必要書類の準備などをコミュニケーションロボットが行えるようにすれば、患者の待ち時間が短縮され、医療側は人手不足の改善につなげられるかもしれません。

あるいは、長期で入院している患者の孤独感を緩和するために活用すれば、患者のQOL(生活の質)の向上とスタッフの負担軽減も期待できます。さらに、患者側が医師に直接質問しにくいことでもロボットになら聞ける、また病院側も直接患者に伝えにくいことをロボットを介して伝えるといったかたちで、トラブルの未然防止や円滑なコミュニケーションにも効果が期待できます。

出典:デジタルトランスフォーメーションチャンネル「医療分野における医療革命、コミュニケーションロボットについて」

医療現場へのAI導入メリット

以上のように、医療現場へのAI導入はさまざまな分野で進められている一方、命に関わる重要な部分についてはやはり医師による判断が必要であり、AIはあくまで支援ツールとしての位置付けにあります。では、医療現場でAIを活用することには、どのようなメリットがあるのでしょうか。

事務作業の効率化

レセプト業務へのAI導入事例でもあったように、決まった形式のデータを処理するような定型的なタスクはAIの得意とするところです。レセプトをチェックするAIのほか、受付業務、精算業務など、さまざまな医療事務がAIによってさらに効率化される可能性があります。

医療データの収集、分類、分析

多くのデータから規則性を見出し、共通する部分を特定、一定の基準に従って分類することもAIが得意とするタスクです。自然言語処理を用いたカルテ診断AIの事例であったように、その患者の病歴が長い場合など、データが膨大になるケースでは医師でも判断に困難を伴うこともあります。AI技術を用いることで、このようなビッグデータの収集や分析を行い、医師の治療をサポートに役立てる可能性があります。

医療業務の効率化

上記の事務処理以外にも、医療現場にてAIが効率化に寄与できる場面は多いとされています。例えば、カルテ分析や画像認識は医療行為に直接関わってくるものであり、診断のすべてまでもAIに任せることはできませんが、医師の判断を支援できるでしょう。AIが治療について判断するのではなく、意思決定に必要な情報をより早く正確に出し、医師が最終的に選択するという運用が、現実的で効果が高いとされています。

医療現場でAIを導入する際の課題

医療AIの可能性の高さや成功事例を知っても、なかなか導入に踏み切れないというのが多くの方の抱えている実情です。そこで、医療におけるAI導入の課題についてまとめてみます。

医療従事者のAIに関する知識の不足

AIは高度な技術知識を伴う一つの専門領域であり、それを扱う側にもある程度の知識が必要になります。AIはいずれ、医療現場のあらゆる箇所で導入が進んでいくと考えられますが、やはり医療従事者にも一定の知識を習得することが求められます。こうした背景もあり、医師を始めとした医療従事者が知識不足にならないよう、文部科学省などは大学医学部の新たなカリキュラムに人工知能(AI)やビッグデータなど情報科学技術の活用を柱として盛り込む方針を2022年に固めています。

出典:読売新聞「医学部の新カリキュラム「AI・ビッグデータ」活用に重点…感染症教育も大幅に充実」

AIの説明性(XAI)と妥当性の検証

近年、「説明可能なAI(XAI:Explainable AI)」という言葉もキーワードになっていますが、特定の機能に特化したAIの機能が十分に高いだけでは不十分であり、なぜそのような判断をAIがしたのかの説明性を担保し、またAI技術の妥当性の検証が十分に行われる必要があります。

AIの学習方法にはさまざまありますが、例えば画像診断AIのような疾病診断を支援するAIの場合には、過去の検査内容などを読み込んで学習させる「教師あり学習」が用いられることが主流です。この場合、AIは学習したことは正確に判断できる一方で、学習していないことには当然ながら対応ができません。そのため、訓練用のデータセットと同様の条件のデータでは正確な判断を下せたとしても、実際の医療現場で取得される新規のデータに対して同様の判断ができるかどうかは未知数ということです。また、十分な量のデータセットを用いて学習を行ったつもりでも、特定のグループのサンプルが足りていない場合には偏った診断をしてしまう可能性もあります。

いわゆるPoC(Proof of Concept:概念実証)で成功しても、実際の本番環境である医療シーンで活用できるかは別問題であり、実際の医療現場を想定した検証を十分に行う必要があります。

参考:The Medical AI Times「医療AIの最新活用事例とは?医師が解説【2021年版】」

データが少ない疾病への対応

AIは、できるだけ多くのデータを収集して学習することで分析の精度が増し、実務レベルでも使えるようになっていきます。その点で課題となるのが、データが少ない疾病の医療サポートには使いづらいという点です。

これはAI活用に限った話ではなく、症例の少ない疾病は確実と言える治療法がないため、医師でも誤診や判断に迷うこともあります。AI活用においても大量のデータをどのように集めるのかが課題です。一方で、少ないデータからでもAI処理の手法を工夫することで分析の精度を高められることもあります。

エラーによる被害

十分なデータがあり、適切なアルゴリズムで運用すればAIは多くの面で有用となりますが、システムが間違いを起こす可能性も否定できません。人間であればあり得ないような間違いを起こすこともあり、人の健康や命を扱う医療現場においては重大な被害につながる危険性もあります。
そのため、AIはあくまで医療支援をするツールとして運用し、人間の判断を重視し、重大なエラーを防ぐ仕組みづくりが大切です。

プライバシーの問題

AIを使うに当たって分析に必要なデータを収集し続けるため、プライバシーの問題が常に付きまといます。医療現場においても患者のプライバシーの問題はあり、データの取り扱いを間違えると訴訟に発展するリスクもあります。また、診断において医師が適切に介入しないと、患者本人の意思に反して病状が伝わってしまうこともあります。

医療現場においてAIを運用する場合は、取得するデータだけでなく、出力として得られる情報の取り扱いも十分に配慮されなければなりません。

医療関連分野でのAI活用と展望

現時点では導入するためにさまざまな課題もある医療AIですが、直接的な医療現場だけでなく、その他の関連分野での活用も期待されています。

新薬の開発

医薬品の開発は人の手によって行われていますが、ここにAI技術を活用する取り組みが登場しています。例えば、大日本住友製薬とイギリスのExscientia Ltd.は、2020年1月、AIを用いて開発した新薬の臨床試験が開始したことを発表しました。AIを用いることで、医薬品開発の効率化が期待できるだけでなく、いわゆるマテリアルズ・インフォマティクスのように、人では発見することが難しい原材料の組み合わせや合成経路を見つけ出すことが今後期待されます。

出典:大日本住友製薬「大日本住友製薬とExscientia Ltd.の共同研究 人工知能(AI)を活用して創製された新薬候補化合物のフェーズ1試験を開始」

マテリアルズ・インフォマティクスについてはこちらもご覧ください。
化学のような、AIと産業の融合。MIなど四つのインフォマティクスとは

診察・治療の支援

医師の診察や治療の現場ではまだまだAIの活用は限定的ですが、さまざまな活用が模索されています。例えば、医療現場で広く使われている聴診器にAI機能を搭載し、患者の異常な呼吸をいち早く検知するという技術が登場しています。また、採血を人間ではなくロボットが行うという取り組みも行われており、手術の一部を外科医ではなくロボットが行うということも将来可能になるかもしれません。

参考:The Medical AI Times「医療AIの最新活用事例とは?医師が解説【2022年版】」

介護

医療に関係する分野として、介護の現場でもAI導入が進められています。プライバシーを保護しつつ施設入居者の24時間観察を行うほか、データに基づいた介護プランを作成するなどのAI活用例も登場していますが、要介護者とコミュニケーションを取ることのできる介護ロボットの開発なども行われており、AI活用はさらに進んでいくことが期待されます。

関連分野でのコラムとして以下も公開していますので、これら分野に関わる方はぜひご覧ください。

見えてきた、介護業界のAI活用
薬局DX。AIは薬剤師業務を変革できるか

AIは医師にとって「医療の補助ツール」

AIが今より発展することによって、将来的にAIが担える医療行為の範囲が広がる可能性は十分に考えられます。一方で、医療行為のすべてをAIが担うようになる未来は考えにくいと言えます。

繰り返しになりますが、AIは高性能ではあっても完璧ではなく、医師の判断が適宜欠かせません。また治療の意思決定にまでAIが関わってくると、患者の心理的な拒否感につながることも考えられます。
今後も、医療現場におけるAIは医師が判断を下すための優秀な補助ツールとして活用が進められるでしょう。

医療現場はAI導入の壁を乗り越えられるか

人の命を扱う医療では、AIはもちろんのこと、その診療・診断を機械に任せるということには大きな抵抗や難しさがあるのが実際です。近年の技術進化を背景にAIの技術力や精度には向上が見られていますが、まだまだ乗り越えるべき壁は多いのが現状です。導入分野の模索だけでなく、AIの説明性の担保、技術的な妥当性など、入念な検証を踏まえた上で、導入に向けた試行錯誤が続いていくことが予想されます。

当社では、技術ソリューションとしてAIを設計(デザイン)するだけでなく、ビジネス側の運用や業務も合わせて再デザインする概念を「ソリューションデザイン」と呼び、その重要性を提唱しています。特命を預かる医療現場は、このソリューションデザインが他業界にも増して重要な業界だと考えられます。

ソリューションデザインについてはこちらもご覧ください。

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