
その課題はやはり過大。見えてきた、介護AIの可能性
2021.5.13
概 要
高齢者をはじめ、私たち国民を支える重要な役割をもつ介護業界は、少子高齢化やそれにともなう社会保障費の負担の増加、介護難民の増加など、さまざまな問題を抱えています。こうした課題を解決するために、AIというテクノロジーはどのように力を発揮することができるのでしょうか。今回のコラムでは、介護業界が直面する課題、そしてAI活用の動き、また実際のAI導入事例をご紹介していきます。
目 次
・介護業界が抱える課題
・介護難民の増加
・2025年問題
・平均寿命の上昇
・介護業界でのAI活用の動き
・施設入居者の観察
・情報のデータ共有
・データに基づいた介護
・介護業界でのAI導入5事例
・介護送迎サービス支援
・行動モニタリング
・ケアプラン作成支援
・介護リフォームの設計支援
・AI搭載の自立走行ロボットの活用
・介護現場ごとのAI導入設計
介護業界が抱える課題
介護業界に直接的に関係する社会課題として、大きく3つが挙げられます。
介護難民の増加
介護を必要としている要介護状態であるにも関わらず、十分な介護を受けることができていない「介護難民」は、年々増加し続けていると言われています。とくに、75歳以上の後期高齢者の急増が見込まれる東京、神奈川、埼玉、千葉の4都県を含む東京圏での増加が深刻で、これは高度経済成長期に職を求めて地方から東京圏に集まった多くの方々の高齢化が背景として考えられています。
一方、地方地域については余力のある介護施設が多く存在しているとも言われており、今後、介護難民の数はとくに東京圏で大きな課題となっていくことが想定されます。
2025年問題
介護にまつわる問題として指摘されるのが、多くの人口が含まれる団塊の世代が75歳以上を迎える2025年問題です。日本経済の成長を支えてきた団塊の世代が75歳以上となる2025年以降、社会保障関連費用の負担増加や介護人材の不足が一気に加速すると言われています。
実際、65歳以上の高齢者の人口割合は、2015年に26.6%だったものが2025年には30.0%に、75歳以上の人口割合は12.8%から17.8%にまで増加すると予想されています。その一方で、少子化を背景にして、高齢者を支える生産人口は減少していくことから、その役割を担う介護業界の存在がますます重要になっていくものと考えられています。
平均寿命の上昇
長寿大国の日本では、医療の発達や栄養・衛生環境の改善などを背景に、平均寿命は年々上昇しています。喜ばしい反面、単に年齢の長さを指す「寿命」と健康な状態を保った上での「健康寿命」とには大きな違いがあります。健康かつ長寿であることを目指すためには、医療はもちろんのこと介護業界に求められる役割が今後増していくことが考えられます。
出典:みんなの介護『【超高齢社会】介護業界が抱える問題に迫る(人手不足・介護難民・虐待)』
出典:内閣府『人口急減・超高齢化の問題点』

介護業界でのAI活用の動き
今後大きな課題に直面することが見込まれる介護業界ですが、そうした課題をAIを活用することによって解決しようとする動きが見られます。AIは、従来のIT技術では対応が難しかった大量のデータを処理できるほか、それらのデータの中から共通する特徴を抽出することなどを得意とすることなどから、様々な活用の可能性が期待されています。
施設入居者の観察
介護施設では、施設入居者の状態を常時把握できていることが望ましいものの、介護スタッフのリソースには限界があります。そこで、センサーと連携したAIシステムを用いることで、入居者の体温や心拍数、位置情報などを常に把握するような取り組みが行われています。
入居施設のさまざまな箇所にIoTのセンサーを設置することで、施設入居者の起床やトイレのタイミング、食事の量、転倒など、こうした情報を24時間に渡って把握していくような活用が期待されます。
情報のデータ共有
厳密にはAIの領域ではありませんが、AIを導入する前提として各種の情報をデータとして整備・管理することが伴って必要になります。施設入居者の体調、食事の摂取量、行動情報など、こうした情報は通常、少人数の介護スタッフによる観察のみで把握することには限界がありますが、一定のルールに基づいたシステムとして蓄積していくことで、施設入居者に関わるあらゆる情報をスタッフ間で共有し、客観的に把握できるようになることが期待できます。
データに基づいた介護
施設入居者に関する情報をもとにした介護プランの予測・設計も、AIの活用が期待される分野です。最適な介護プランを提案することがAIによって実現できれば、介護スタッフは介護業務そのものに集中できるようになります。介護スタッフの負担軽減はもちろんのこと、介護の質が向上することで、入居者や家族の満足度向上にもつながることが期待されます。

介護業界でのAI導入5事例
ここからは、実際に介護の現場に導入され、高い効果を生み出すことが期待されているAI導入事例を5つご紹介します。
介護送迎サービス支援
まずは、パナソニックカーエレクトロニクスが開発した業務用車両管理システム「DRIVEBOSS」を介護送迎サービスに応用した事例です。このケースでは、施設利用者の情報を考慮し、効率の良い送迎ルートを作成することを実現しています。介護施設の送迎では、利用者の車椅子利用の有無、直前連絡の要不要、車の乗降に要する時間、座席の配置、施設からの距離などさまざまなことを考慮して送迎計画を立てる必要があります。このような複雑な情報を元にしたルート予測をAIが代行することで、送迎にかかるスタッフの負担軽減につながることも目指されています。
また、DRIVEBOSSには事故抑制の機能もあり、急加速や急停止、速度超過に対してアラートを出すといった機能も備わっています。運転の良し悪しはログによって評価されるため、ドライバーの安全意識の向上につなげることも期待されます。
出典:Panasonic『DRIVEBOSS送迎支援サービス』
行動モニタリング
介護総合支援事業を展開しているインフィックと、IT技術を用いて介護事業者・入居者・家族の3者間のコミュニケーションを円滑化する事業も行う凸版印刷により開発されたのが、この事業のコアシステムとして使用される「LASHIC+(ラシクプラス)」です。
LASHIC+は、入居者のプライバシーを侵害しない程度の簡易センサーにより温度や人感等を取得し、AIにより取得した情報を解析する機能を備えています。これにより入居者の行動をモニタリングしたり、普段と違った行動があった場合にアラートを出すなどの活用が行われています。
出典:PR TIMES『凸版印刷とインフィック、センシング×AIで介護業務を支援』
ケアプラン作成支援
シーディーアイによるAIケアマネジメントサービス「SOIN(そわん)」は、ケアマネージャーのケアプラン作成を支援するシステムです。ケアマネージャーが必要な情報をSOINに入力すると、SOINは多くのケアマネージャーによる膨大な実績から介護対象者の状態が改善する可能性の高いケアプランを提案する仕組みになっています。この提案結果にケアマネージャー自身が築いてきた経験を重ねれば、より介護対象者や家族に対してより説得力のあるケアプランを提示できるようになることも見込まれます。
出典:@Press『在宅ケアマネジメント基本システム(AI)をリリース AIケアプラン実装による適切なプラン作成の支援と 業務効率化をサポート』
介護リフォームの設計支援
介護リフォーム工事を手がけるユニバーサルスペースでは、介護用にリフォームしたい現場写真をもとに設計支援を行うAIアプリシステムのテスト運用を行なっています。専用のタブレット端末でリフォーム対象の箇所を撮影することで自動採寸ができ、その情報を元に適切な部材の選択を支援するなどの仕組みが備わっています。このアプリシステムにより、これまで1カ月以上かかっていた工事期間を約2週間に短縮でき、大幅な効率化を実現したとのことです。
出典:@Press「業界初!介護リフォームの見積作成AIアプリを開発 創業10年を迎え事業の加速と年内にFC加盟100店舗を目指す」
AI搭載の自立走行ロボットの活用
Aeolus Robotics Corporationが開発した「アイオロス・ロボット」は、周囲の環境を認識、学習できるAIビジョンセンサを搭載し、2本のアームで物を掴むことも可能な自立走行ロボットです。機械学習技術により周囲の環境を学習すると同時に、学習内容をクラウド上で複数のロボットが共有してフィードバックを繰り返すことで、日々変化する環境にも適応できるといいます。介護現場におけるアイオロス・ロボットの具体的な役割としては、人物を特定してあいさつする見守り、高齢者の転倒などを知らせる緊急対応、日用品や食事、洗濯物等の運搬などが想定されています。
AI搭載ロボットの導入はまだ課題が多いのが現状ですが、介護スタッフの身体的な負担を軽減することはもちろん、高齢者との会話や心のケアといった業務に割く時間の増加にも期待が寄せられます。
出典:PRTIMES「介護現場でのAI搭載型ロボットの実用化に向けオリックス・リビングとAeolus Roboticsがコンサルティング契約を締結」

介護現場ごとのAI導入設計
これまでITなどのデジタル技術が入り込み難かった介護現場ですが、介護対象者の体調や状態など、データとして蓄積できる情報も多く存在しています。こうした物理現場での情報取得や解析はAIの活用が期待される分野だと言えます。
ただし、介護サービスや施設によって方針や必要な解決策が異なるため、一律にAIソリューションを導入できるものでもなく、ビジネス課題の見極めを行った上で、自社に適したAIの設計を行うことが重要になってくるはずです。また施設や企業側だけでなく、利用者やご家族からもAI技術利用に対する理解を得ることも必要になることが想定されます。様々なステークホルダーとの関係を考慮し、運用も含めた上で、導入設計を考えていくことが、介護業界でのAI導入にはとくに大切なポイントになってくると考えられます。