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化学のような、AIと産業の融合。MIなど四つのインフォマティクスとは

2021.10.1公開 2023.1.20更新

概 要

日本を代表する輸出産業の一つである化学業界では近年、「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」をはじめとしたAI技術の活用が注目を集めています。研究における新たな付加価値の醸成や効率化を目指す動きが見られるようになっている一方、他国にシェアを奪われている領域も出始め、研究開発のスピード向上が課題の一つになっています。化学分野におけるAIの活用、特にMIを中心に、事例を交えてお届けします。

目 次

化学業界の現状と課題
化学へのAI導入メリット
 ・マテリアルズ・インフォマティクスで研究開発が加速
 ・実験の自動化
 ・安全性の確保
X-インフォマティクス、MIとPIは二つずつ
 ・X-インフォマティクスとは
 ・MIとは。MIが応用できる対象とは
 ・PI、プロセス・インフォマティクスとは
 ・もう一つのMI・計測インフォマティクスと、もう一つのPI、物理インフォマティクス
 ・四つのインフォマティクスは円になる
化学×AIの活用事例
 ・材料開発の高速化
 ・ゴム配合物性値予測システム
 ・プラント修理作業を効率化
 ・AIでつくる有機分子
 ・安全管理ソリューション
テクノロジーとビジネスの化学融合

化学業界の現状と課題

自動車業界に加え、日本の輸出産業を代表する化学業界。これまで多くのイノベーションを生み出し、国内だけでなく国際的経済や社会の発展に貢献してきました。化学の進化によって国内で作り出される数々のマテリアル(素材・材料)は、国際的にも競争力を保有する一方、蓄電池に代表される組み合わせ型製品では世界シェアを他国に奪われてきており、マテリアル系ベンチャーもなかなか成長できていない現状が指摘されています。

こうした状況を打破するため、AIをはじめとしたデジタル活用が期待されています。そこで注目されているのが、特に機械学習を用いたマテリアル開発を加速させる「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」です。効率的かつスピーディー、そして新たな製品開発に寄与することを目指した活動がさまざまに進められています。

出典:経済産業省「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて」

化学へのAI導入メリット

化学分野では、その活用範囲はまだ限定的ではあるものの、マテリアル開発をはじめとしたさまざまな領域でAIの活用が進められています。AI導入によるメリットには以下が挙げられます。

マテリアルズ・インフォマティクスで研究開発が加速

インフォマティクスの意味は情報学、情報科学、あるいはデータサイエンスです。マテリアルズ・インフォマティクスとなると、AI・機械学習技術の他、超高速演算が可能なスーパーコンピュータ、大規模な材料科学データベースなどが活用されます。例えば、過去の論文を学習させて分子構造を予測したり、AIモデルを用いて原料を効率的に利用して耐熱性や吸水率などの機能性をさらに向上させる条件を探索したりするといった取り組みなど、各種マテリアルに関する情報を高度処理することを通して、研究開発の効率化・生産性向上に寄与することが期待されます。

マテリアルズ・インフォマティクスそのものや、その他のインフォマティクス(X-インフォマティクスと言います)やそれらの関係性については後述します。

出典:HITACHI「マテリアルズ・インフォマティクスとは」
  :伊藤忠テクノソリューションズ「AIを活用した陶磁器の材料開発について実証実験を開始」

実験の自動化

化学研究では、新しいマテリアルを開発するための化学実験が欠かせません。AIを活用して実験の一部、あるいは将来的にはすべてのフェーズを自動化できるようになることが期待されています。

現時点で実用に至っているものとして自動化を実現しているケースは実験過程の一部に留まっていますが、例えば英国のリバプール大学では、試薬を加えるところから効果測定をするまでの一連の流れを全自動で行う実証実験がされています。この実験では、AIを搭載したロボットが数時間にわたって安定的に稼働し、化学実験の各フェーズを全自動で実施することに成功しています。

自動化のための視点としては、大規模な化学実験をいきなり自動化するのは難しい場合が多いということがあります。まずは小規模な実験室でプラント装置を小さくまとめることから自動化の試みを始めることにより、その可能性を高めていくことも重要です。

化学実験の自動化は、効率化の面だけでなく、実験における事故防止などの安全管理面、さらには実験に従事する時間が限られている研究員のサポートをすることによる衛生面においても効果が期待される重要な取り組みの一つです。

出典:chem-station「自律的に化学実験するロボット科学者、研究の自動化に成功」

安全性の確保

実験室やプラント工場では危険物の取扱いも多く、研究員や作業員の安全性の確保が重要になります。そのため、安全性の確保に向けたAIの活用も期待されています。例えば、プラント工場内に設置されたIoTセンサーやカメラなどから得られたデータをリアルタイムに分析し、異常の兆候を通知するという活用はその一つです。工場設備の腐食などの損傷をカメラ画像から判定し、適切なタイミングでのメンテナンスにつなげるといった活用も考えられます。

重大事故にもつながりかねない実験現場や製造・合成現場では、AIの出力結果の信頼性を十分に担保する必要があるため、現段階での活用範囲は限定的ですが、今後安全性の確保に向けたさらなる進展が期待されます。

出典:経済産業省「石油・化学プラントのAIを活用したスマート化を促すため、ガイドラインと事例集を策定しました」

X-インフォマティクス、MIとPIは二つずつ

前述のマテリアルズ・インフォマティクスや、その他のインフォマティクスであるX-インフォマティクスについて説明します。

X-インフォマティクスとは

X-インフォマティクスとは、Xに入る分野におけるインフォマティクス技術の応用のことです。インフォマティクス(informatics)は直訳をすると情報学や情報科学ですが、場合によってはデータサイエンスとする方が実態により近い意味になります。なぜなら、X-インフォマティクスで関心が向けられるのはデータであり、「データから何が言えるか」「データがどのような法則に従っているのか」といった具合にデータ起点で事象を考えるからです。X-インフォマティクスを構成する技術には、数理統計や機械学習、数理最適化といった解析技術に加え、データを生成する計測技術や、データベース、ソフトウエア技術などがあります。

X-インフォマティクスとして挙げられるものにはいくつかありますが、マテリアルズ・インフォマティクスを理解するためには、プロセス・インフォマティクス、計測インフォマティクス、物理インフォマティクスの三つを取り上げると分かりやすいでしょう。

マテリアルズ・インフォマティクスの頭文字を取ってMIと略すので、プロセスインフォマティクスをPI…という具合に略していけそうですが、計測〜はmeasurement-、物理〜はphysical-であり、再びMIとPIが出てきて、マテリアルズ〜とプロセス〜と略語としては重複してしまうことになります。マテリアルズ・インフォマティクスだけを語るときはMIを使って良さそうですが、四つのインフォマティクスを語る場合は前段落の呼び方をすると混乱がないでしょう。

MIとは。MIが応用できる対象とは

マテリアルズ・インフォマティクスとは、機械学習などの情報科学を用いて、有機材料、無機材料、金属材料など様々な材料開発の効率を高める取り組みです。AIなどのデジタル技術の発展に伴い、膨大な実験や論文のデータを解析できるようになったことから、注目されています。求める性能を満たす材料の組み合わせや、製造方法を予測できるなどの効果が得られることから、化学薬品や石油などを原料として生産をする製造業での応用が拡大しつつあります。

マテリアルズ・インフォマティクスを応用できる対象は、有機エレクトロニクス、電池の組成、金属積層造形、ポリウレタン製剤、ナノ材料開発など、多岐にわたります。手掛ける企業もエレクトロニクスメーカーから化学メーカーまで幅広くなっているわけです。

PI、プロセス・インフォマティクスとは

プロセス・インフォマティクス(PI)の役割は、製造工程での最適な反応温度・圧力や反応に必要な時間などを探索することです。マテリアルズ・インフォマティクスにより素材・材料となる候補物質が見つかっても、実際に量産ができなければ製品になりません。マテリアルズ・インフォマティクスが「特性の予測から試作に至る新材料開発をデータ活用により加速させる技術」とするならば、プロセス・インフォマティクスは「材料試作から工業的に利用可能な製造方法に至る開発をデータ活用により加速させ、各社が有するノウハウを強化する技術」となります。

もう一つのMI・計測インフォマティクスと、もう一つのPI・物理インフォマティクス

計測インフォマティクスは、物質の構造や電子状態に関する情報を提供する計測でのデータ取得と、機械学習を用いたデータ解析の効率向上と自動化を目指すことを指します。物理インフォマティクスでは、材料となる候補物質の予測ではなく、材料そのものの物性を理解することに重きを置いてデータを解析します。

四つのインフォマティクスは円になる

四つのインフォマティクスの意味を読んで、鋭い方はそれぞれを結ぶ関係性があることに気づいたかもしれません。

それは、マテリアルズ〜で特性の良い材料の結晶構造や組成を予測・発見し、その材料組成・構造を目指して実際にプロセス〜でつくり、そこで実際に作られた材料の特性を計測〜で測定・解析し、それらのデータを物理〜の技術でその材料の物性を理解し、そこで得られた知見を基に再びマテリアルズ〜でより良い材料の構造・組成を予測し…という流れです。

つまり、マテリアルズ〜→プロセス〜→計測〜→物理〜→再びマテリアルズ、とループ、円環になっているのです。しかし実際には順番が変わることもあり、捉え方の一例として理解しておくのがいいでしょう。

出典:入江満「X-インフォマティクス,計算-X,人工知能技術の関係性」情報の科学と技術71 巻 6 号
  :IDTechEx “Materials Informatics 2023-2033”
  :岩崎悠真『マテリアルズ・インフォマティクスⅡ 機械学習を活用したマテリアルDX超入門』
  :産業技術総合研究所「マテリアルズ・インフォマティクス・プロセス・インフォマティクスで何が変わる?」

X-インフォマティクスはまた、従来通りのモデルやアルゴリズムを偏重するアプローチよりも、データに焦点を定めたアプローチの方が大切であるとするAIの開発方法に関する考え方であり、まさに「データセントリック」です。データセントリックとAIについてはこちらもご覧ください。

AI導入企業の初の過半数越え。高品質AIモデルを支えるデータセントリックとは

化学×AIの活用事例

四つのX-インフォマティクスを取り上げましたが、原点となるのはマテリアルズ・インフォマティクスです。扱う対象が有機・無機化合物、樹脂コンパウンドなど製品そのものであり、化学のものづくりの根本だからであり、それゆえに前述の四つのX-インフォマティクスすべてをマテリアルズ・インフォマティクスと呼ぶこともあります。マテリアルズ・インフォマティクスを中心に、化学業界でのAIの活用事例を挙げます。

材料開発の高速化

住友化学では、マテリアルズ・インフォマティクスを活用することにより、少ない実験回数で新素材の最適な組み合わせを発見できた事例があります。この事例でAIによって発見された組み合わせは、研究者の想像を超えるものであり、AIの予測性能が成果につながりました。

当初課題としてあったのは、従来の実験を重要視するスタンスでは細分化したニーズに対応できなくなったという状況でした。マテリアルズ・インフォマティクスによりAIを活用した分析をしたところ、100万以上ある比重の組み合わせから良好な組み合わせを絞ることに成功。たった20回の実験により、研究者の想像を超える組み合わせが、新素材に最適な結果が得られたとしています。

出典:日経クロステック「MIで先陣を切る住友化学、材料開発で驚きの効率化」

ゴム配合物性値予測システム

横浜ゴムが2020年から実用を開始したのが、タイヤ用ゴムの配合設計をAIによって支援するシステムです。このシステムは、技術者がゴム素材の配合設計のパラメータを入力すると、AIがその配合における物性値の予測を出すというものです。

ゴム素材の配合設計は従来であれば実際に配合してみなければその物性値を知ることはできませんでした。しかしAIによる予測をすることで、実際には実験をせずに結果を予測する仮想実験が可能になります。これにより、経験の少ない技術者でも比較的短時間でゴム素材の開発ができると期待されており、高性能な製品の開発にもつながることが見込まれています。

なお、このシステムは、横浜ゴムが2020年に策定したAI利活用構想「HAICoLab(ハイコラボ)」に基づいて開発されています。HAICoLabは、単にAI技術を活用していくだけでなく、AIの得意分野である膨大なデータの分析と人間の持つ発想やひらめきをかけ合わせて「協奏していく」というコンセプトを掲げています。

出典:横浜ゴム「横浜ゴム、AIを活用したゴムの配合物性値予測システムを独自開発」

プラント修理作業を効率化

三菱ケミカルグループは石油化学プラントの定期修理の必要性や作業状況をデータで可視化し、計画から働き方までムダを省く取り組みを始めました。製造現場で主に3段階でDXを浸透させるとし、その1段階目に当たる作業前の計画立案でAIを導入しました。化学プラントは反応や精製などの1万以上の機器で構成されます。定期修理を除いて24時間365日稼働し、腐食などの経年劣化の見極めが非常に重要になります。AIを活用することで各機器の寿命を高精度で予測し、過剰な工事を減らして作業の効率化を狙っています。

出典:日本経済新聞「三菱ケミカル、プラント修理のムダ省く 作業動員2割減」

AIでつくる有機分子

理化学研究所の隅田真人研究員は、欲しい機能を持つ分子を苦労して探していた従来の方法を180度転換し、分子の構造をAIに考えさせる「逆分子設計」に成功しました。AIに大量の分子構造を学習・設計し、その分子が欲しい機能を持っているかどうかをシミュレーションで確かめ、持っているならば分子設計に反映させる、という方法です。隅田研究員らはこの方法で実際に、6個の分子について蛍光を発する性質を持つことを確認しています。

出典:理化学研究所「有機分子をAIでつくる」

安全管理ソリューション

こちらは当社ソリューションです。直接的な化学業界でのケースではありませんが、上でも触れたように多くの危険物を扱う実験現場やプラント工場では、研究員・作業員の安全確保が重要な取り組み事項に挙げられます。

Laboro.AIでは、作業現場に設置した監視カメラや携帯デバイス等の動画映像を元に、事前に学習させた特定の対象物や行動・シーンを自動で検出し、リアルタイムに危険な状況を察知したり、これらシーンの映像だけ簡単に見返せるようにすることで、ビジネス現場での安全管理業務の自動化・効率化を実現するソリューションを『安全管理ソリューション』として、個別開発を承っています。

ご参考:Laboro.AI 『安全管理ソリューション』

テクノロジーとビジネスの化学融合

膨大なデータを学習することにより規則性やパターンを見つけ出すことを得意とするAI・機械学習技術は、化学業界においてさまざまなかたちで活用されています。特にマテリアルズ・インフォマティクスの活用は注目度が高く、効率化や生産性向上はもちろんのこと、新たな新素材や組み合わせを発見することへの期待も高まっています。より軽量、より頑丈、より安価と、これまで以上に優れた素材が発見されることは、私たちの身の回りのあらゆる物の構造を変化させることへとつながり、ダイレクトに生活者へのプラス影響をもたらすはずです。

化学でのAI活用、中でもマテリアルズ・インフォマティクスは、機械学習の活用分野の中でも特に科学産業特有の知識が深く求められ、難易度の高い領域の一つです。現在のAI技術の可能性と限界を知った上で、技術を適切なかたちで化学の知識と融合させていくことが、AI活用においては求められます。当社では「テクノロジーとビジネスを、つなぐ」というミッションを掲げています。まさに化学融合のように、AI技術と産業の二つのドメインが適切に組み合わさることが、次への進化をもたらすはずです。

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