
「製造DX」は幻想か。製造業AIの今と展望
2021.5.28公開 2022.7.26更新
概 要
サービス業に次いで高いGDPを占める製造業。AIを含むIT活用の遅れなどを背景に国際競争力の低下が懸念されていますが、各種作業を効率化させ、さらには品質向上に向けた方策として、製造DXの名の下、とくに製造現場へのAI導入が活発に行われるようになってきています。今回のコラムでは、製造業におけるAI活用の現状や今後への期待、実際の活用事例などについてご紹介していきます。
目 次
・なぜ、製造業でAIが求められるのか。そのメリット
・人材不足の解消
・品質維持・品質向上
・国際競争力の回復
・製造業におけるAI利活用の現状
・スマートファクトリーとは
・デジタルツインとは
・AI導入で、製造業は何を得られるのか
・予知保全
・作業自動化
・不良品選別
・需要予測
・サプライチェーン全体の最適化
・製造業でAIは、こう使われている
・スマートファクトリーでの食品の自動製造
・生産計画の最適化
・波形解析による管内外面の損傷検出
・AI官能検査
・製造DXを幻想で終わらせない
なぜ、製造業でAIが求められるのか。そのメリット
日本のお家産業とも言える製造業は、「カイゼン」に代表されるように、これまでも様々なアイデアやテクノロジーを用いて業務の効率化や品質向上を進めてきました。なぜ今、製造業にAIが必要とされているのでしょうか。
人材不足の解消
少子高齢化の影響や若者が求める就職スタイルの変化などを背景に、他の産業同様、製造業でも人材不足が深刻な問題となっています。製造業への新規入職者が少ない状況が続いており、熟練の従事者から若手への技術継承が難しくなっている状況があります。
人材不足という大きな課題に対しては、女性や外国人労働者など、これまで活用されてこなかった人材の雇用を促すことが肝要だとされていますが、AIの活用によってもこうした課題を解決していくことが期待されています。具体的には、“熟練の勘”や“匠の技”と呼ばれるような言語化しにくい直感的なノウハウを、AIを用いてその特徴を抽出し、伝承するといった活用の検討が各所で進んでいます。

品質維持・品質向上
製品の品質維持や品質向上は、製造業にとっての最重要課題ですが、人材不足を補うためのコスト削減の結果として、品質管理に関するトラブルや不正が発生するというケースも少なくありません。製造ライン上での不良品検出や品質チェック業務にAIを導入し、安定した製造品質を保つといった活用方法もAI技術の活路の一つとして考えられます。
国際競争力の回復
日本の製造業は、かつては世界に誇る生産技術と生産品質を保有していました。しかし近年、積極的にAIやIoTなどの新しいテクノロジーを取り入れている他国の製造業と比較し、その国際競争力が低下しているとも言われています。上述のようなAI技術活用の先に、再び国際競争力を取り戻した国内製造業の姿が描かれてくはずです。

製造業におけるAIの利活用現状
近年、AIを始めとしたデジタル技術をビジネス導入して企業変革を推進する「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」が隆盛を極めています。業種や企業ごとの事情にもよりますが、DXによって生産性を向上させ、競争力を強化していくことが各企業で目指される一方、総務省が発表した『令和3年版 情報通信白書』によれば、DXの取組みを実施していると回答した企業が全体の22.8%である中、情報通信業や金融業、保険業が45.0%と高い実施率を示していることに対して、製造業は22.8%と平均的な取り組み状況に留まっていることが報告されています。
スマートファクトリーとは
製造業にとってのDXの目指す姿の一つとも言われるのが「スマートファクトリー」です。スマートファクトリーとは、AIをはじめとした先端技術を用いて製造工場内で行われる各種作業を自動化し、省力化・効率化・高生産性を実現した工場を表す言葉です。生産工程や検査工程などを自動化するFA(ファクトリー・オートメーション)機器の一つ一つがネットワークでつながり、工場が1つのシステムとして稼働し、常に最適な稼働状況を保ちつつ、工場の生産性を高めることが目指されます。
デジタルツインとは
さらに近年は、スマートファクトリーの究極系とも言える「デジタルツイン」という考え方も製造業で注目を集めています。デジタルツインとは、現実の物理空間をサイバー空間上に再現する技術やコンセプトを表す言葉で、簡単に言えばコンピューター上にシミュレーション環境を構築し、そのシミュレーション結果を実際の製造現場にフィードバックしていくような製造業のあり方を指します。つまり、これまでは実際の作業現場で試行錯誤を繰り返しながら稼働する必要があった製造現場の様々なオペレーションを仮想空間上で実行することで、より効率的で、無駄のない製造プロセスを実現しようというもので、AIはこのデジタルツイン実現の核になる技術とも言われています。デジタルツインについては、以下のコラムでもご紹介しています。
Laboro.AIコラム:「ミラーワールドへようこそ。『デジタルツイン』とAI」
AI導入で、製造業は何を得られるのか
一言で製造業と言ってもその範囲は非常に広く、AIの活用先や活用方法も様々なケースが考えられます。すでに多くのシーンで活用がされ始めてもいますが、製造業はAIを導入することで、どのような具体的メリットが得られるのでしょうか。
予知保全
製造業のAI活用で期待されている領域の一つが、予知保全です。製造装置に支えられる製造業は、当然ながらそれら機械が故障などによって停止してしまうと大損害を被りかねません。
予知保全は、機械の故障などを事前に予測してメンテナンスを行い、安定して生産ラインを稼働させるための取組みです。画像データや音声データ、センサーデータ、過去の故障記録といった時系列データなど、各種データをAIに学習させることで、次に起こるであろう機械トラブルを予測する力を身につけさせ、予知保全につなげていくことが、期待されるAI活用方法の一つです。

作業自動化
製造業では、これまでも様々な技術や工夫をもとに作業の自動化が実現されてきましたが、AI技術の進化による自動化も期待されるところです。協業ロボットを意味する「コラボレーティブ・ロボット」略して「コボット」も昨今話題ですが、原材料のピッキングや仕分け、在庫管理といった作業の自動化をAIによって実現しようという動きも見られるようになってきています。
不良品選別
生産ライン上での検品作業や、特定パターンに基づく不良品検出・選別は、近年AIの活用が盛んな分野の一つです。通常、ライン上の製品の不具合や細かい損傷などを短時間で発見するためには、熟練作業者の目視に負う面がありますが、AIの画像認識技術を用いることで、人間より高い精度で不良品を検出させるケースも生まれてきています。

需要予測
AIはさまざまな要因が絡む複雑な状況からパターンを分類・抽出し、人間では判断が難しい傾向を見出すことが得意とします。例えば、製造業の生産計画シーンで重要になる需要予測は、過去の売上実績だけでなくマクロ経済サイクルや気候変動、政治情勢といった様々な情報を加味することで精度が増していきます。入力するデータの質に左右されるところも多分にありますが、複数タイプのデータを統合的に分析し、AI技術を用いて処理を施すことで、より精緻な予測結果を得られるようになることが見込まれます。
サプライチェーン全体の最適化
製造工場での作業効率を上げたり、故障予測をしたりといった部分的な活用だけでなく、サプライチェーン全体を統合的に管理することもAIの活用が期待される領域です。製造現場に加えて、サプライヤーの稼働状況も加味した上でサプライチェーン全体を一元管理することで、需要予測から原材料の購買、製造、出荷に至るまでの最適化につながっていきます。現状ではまだ部分的な活用に留まっている状況ですが、今後、全体最適化を前提としたAI技術の活路も見出されていくはずです。

製造業でAIは、こう使われている
現状まだ工程の部分的な活用には留まりますが、当社事例も含め、製造業でのAI導入事例をご紹介します。
スマートファクトリーでの食品の自動製造
先端とされるスマートファクトリーの事例として、お菓子製造の完全自動化に向けた取組みが進められています。この工場では、製造原料のバラつきなどをデータ化することで品質を安定化させることに加えて、異常検知システムを導入することで稼働率を向上させるなど、機械による自動製造を実現しているとのことです。
出典:三菱電機FA『食品工場がIoT活用でスマート工場化目指す』
生産計画の最適化
生産計画の立案もAIの活用可能性がある領域です。生産工程や生産計画の立案は、製造プロセス前後のサプライチェーンとの連携の面でも重要度が高く、複数の熟練者の知恵が結集して達成される業務の一つです。こうした難易度の高い業務の完全自動化は難しいとしても、一部をAIによって代行させることができれば属人化を防ぎつつ効率的な計画立案につながる可能性があります。
なお、AI用いた生産計画の立案はこれまでも様々な分野で取り組まれてきており、そこでは主に数理最適化というアプローチが用いられてきました。しかしながら、数理最適化はチューニングに手間がかかることなどから、近年、強化学習という学習手法を用い最適な計画を立案するアプローチが見出されつつあります。Laboro.AIでは、強化学習をベースとした『組合せ最適化ソリューション』を開発・ご提供しています。
波形解析による管内外面の損傷検出
製造現場に備わる設備や施設の点検・メンテナンスも、製造業の重要事項のひとつです。「非破壊検査」とは、検査対象を分解することなく、そのままの状態で設備内部の検査を行う手法で、このケースは非破壊検査株式会社が保有する、ボイラーに代表される熱交換器の内外面検査技術にAIを適用し、これまで目視で行われてきた損傷箇所を特定するタスクを支援するというものです。
具体的には、検査時に取得される波形データの分析をAIに処理させ、データに現れる特徴から損傷箇所を特定するというもので、現場導入の結果、検査品質を維持しつつ効率化にもつながり、分析処理数の増加に貢献しています。
参考:当社プロジェクト事例「波形解析による管内外面の損傷検出」

AI官能検査
同じく検査領域でのAI活用事例です。自動車検査の工程の中には、音を聞いて良品か不良品かを判定する官能検査があります。官能検査は、職人の確かなノウハウで支えられている一方、検査員のスキルによって結果にバラつきが出ることも少なからずあり、また、異音を多く聞くことによる精神的な負担も懸念されています。
このケースは、この官能検査をAIに代替させることを目指したもので、機械学習技術を用いて正常な音と異常な音のパターンをAIに学習させ、異音を聞き分けるAIモデルを開発し、高い精度での異常検知に役立っているとのことです。
出典:SKYDISC「音に特化したAI分析ソリューションを活用した官能検査(異音検査)の代替」

※写真はイメージであり、実際の画像ではございません。
製造DXを幻想で終わらせない
作業の効率化や品質改善、需要予測、設備点検など、製造業ではこれまで人のスキルに頼っていた作業領域をAIに代替させようとする動きが活発に行われ始めています。伴って様々なAI開発ベンダーも登場し、多種多様なAIプロダクト、AIソリューションが販売されるようになりました。
しかし、AIという技術は基本的に、求める答えに的確に対応したデータを収集し、正しく学習させることが大前提となります。各製造現場ごとに製造しているものが違い、品質基準も異なるということになれば、そのケースごとに学習データが必要となり、学習のさせ方を検討する必要があります。つまり、とくに製造品質の高さを誇る日本の製造業においては、汎用化されたAIプロダクトでは対応できないケースが実際のところ多く、そうした場合には、個別開発に基づくカスタムAI開発が効果を発揮することになります。
近年「製造DX」などの用語がバズワード化し、成功事例も多く語られるにつれ、いとも簡単に製造DXが実現できるような感覚に陥ってしまいます。ですが、ことAIという技術に関しては、その特性から、一つひとつの現場・状況に適したデータを見定め、学習させ、検証を繰り返すという試行錯誤の積み重ねが、実際には物を言う世界でもあります。
「AIの幻想」とも呼べるこうした難しさを具体的な課題を挙げながら解説する記事を、ニュースイッチ(日刊工業新聞社)に先般寄稿させていただきました。製造業シーンでAI導入をご検討の方はぜひお読みください。
ニュースイッチ寄稿連載 「AIは幻想か ― 導入現場のリアル」
・第1回 不良品検出にAI、投資効果を見極める導入前の第一歩
・第2回 需要予測AIは魔法のツールにあらず。生かすために必要な頭の切り替え
・第3回 電子機器製造工場が検品AI活用で陥った「精度9割」の落とし穴
・第4回 無人店舗を目指す小売りチェーンが抱いた「AI万能論」の誤解