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Laboro.AIコラム

ミラーワールドへようこそ。「デジタルツイン」とAI

2022.1.17公開 2024.3.12更新
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティング部長 和田 崇

概 要

製造業を中心に注目を集め始め、内閣府が推進するSociety 5.0においても重要な技術とされる「デジタルツイン」。ミラーワールドさながらサイバー空間上でリアルワールドを再現することを目指すデジタルツインが、なぜ注目を集めているのか、事例を交えて紹介します。

目 次

デジタルツインとは
 ・Society 5.0との関係
 ・デジタルツインとシミュレーション
デジタルツインが注目される理由
デジタルツインのメリット
 ・試作・試験を繰り返すことによる品質向上
 ・リスク低減 & コスト低減
 ・サービス品質向上 & 新ビジネス展開
デジタルツインの活用業界と事例
 ・製造業
 ・建設業
 ・スマートシティ
デジタルツインとAI、そして文化

デジタルツインとは

デジタルツインとは、現実の物理空間をサイバー空間上に再現する技術やコンセプトを表す言葉です。現実世界の双子(ツイン)あるいは、鏡に映ったミラードワールドのような環境をデジタル空間上に再現することからそのように呼ばれています。よく知られている仮想現実(VR)とは異なり、物理空間に起きうる事象をリアルタイムに再現し、実世界に起こる現象を予測するためなどに用いられます。

デジタルツインを構築するためには、IoT(Internet of Things)デバイスや各種センサーなどを用いて物理空間の情報を収集し、拡張現実(AR)技術などを用いてサイバー空間で再現します。デジタルツインではリアルタイム性が重要であり、こうした高度な分析予測を可能にするため、AIは欠かせない要素技術として位置付けられます。

Society 5.0との関係

内閣府が提唱・推進する「Society 5.0」は、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と定義されるもので、デジタルツインはまさにこのような高度な社会を実現するために不可欠な技術だと言えます。

出典:内閣府「Society 5.0」

デジタルツインとシミュレーション

“物理空間をサイバー空間に再現して、実世界で起こりうる現象を予測する”、こうしたデジタルツインのコンセプトから連想されるのが「シミュレーション」という言葉です。シミュレーションは、ある事象や挙動を対象に、実世界とは切り離された別の環境・場所で再現しその内容を確認するものと捉えられます。一方デジタルツインは、現実世界をサイバー空間に再現するという点でシミュレーションの一種だと言えますが、現実世界とリアルタイムに連動し、現実世界へ有用なフィードバックを行う点に違いがあります。

デジタルツインが注目される理由

デジタルツインの有用性が認められ注目度が増してきた背景としては、センサーやAI技術などを活用した情報取得と分析・予測技術が進化してきたことが挙げられます。そして、これを支える重要な技術の総称とも言えるのが、IoTです。

2010年代にディープラーニングの台頭によって開花したAI技術により、画像AIをはじめとして多くの産業活用が進み、これまでは取得が難しかったデータの収集・分析が進んでいます。さらに、RFIDや赤外線をはじめとするセンサー技術も高度化、実世界で新たなデータ収集を行う取り組みが次々と進められています。また5Gや6Gなど、通信技術・品質も進化し、収集されたデータをリアルタイムに伝達する環境も整いつつあります。

さまざまなモノがインターネットにつながることを意味するIoT。そこに含まれる様々な要素技術が進化・高度化したことにより、リアルタイムなミラーワールドを構築するデジタルツインの実現が現実味を帯びてきていることが、昨今注目を集める背景になっているようです。

デジタルツインのメリット

では、デジタルツインの環境が構築されることで、どのようなメリットがもたらされるのでしょうか。

試作・試験を繰り返すことによる品質向上

例えば、インフラとして位置付けられる電気や水道、通信、鉄道などは、社会や暮らしとの繋がりが密接であることから、その需給がダイレクトに生活へと影響します。そのため、配給・提供量の管理・統制が非常に重要である一方、ある意味一発勝負で実行しなければなりません。

デジタルツイン環境では、実世界に近い状況でこれらの配給・運行試験の試行錯誤を繰り返すことができ、適切な需給量の決定に貢献し、結果としてサービス・製品の品質向上へとつながっていくことが見込まれます。

また、このような将来予測だけでなく、実世界と連携しているデジタルツインならではのメリットとして、新たなデータ取得による改善が挙げられます。提供する商品やサービスにデータ収集を行う仕組みが備わっていれば、最新の生活者の行動データや利用状況などを把握でき、常にデジタルツイン環境をアップデートすることにもつながっていくはずです。

リスク低減 & コスト低減

製造業やメーカーの場合であれば、新製品開発におけるリスク低減がデジタルツインのメリットとして期待できます。新製品開発では、想定されるリスクをできる限り減らすため、本来、さまざまな製品テストを行う必要がある一方、販売価格を抑えるために重大なリスクのみを想定したテストに限定して実施されることも実際です。

シミュレーション環境でも言えることですが、サイバー空間上で比較的に安価にこうした試験が実施できる環境が整っていれば、これまで以上のリスク回避、あるいは想定外のリスク発見に至ることも期待されます。

サービス品質向上 & 新ビジネス展開

デジタルツインの最大の特徴は、現実世界と連動している点にあります。そのため、例えば消費者に販売・提供した商品サービスの状態をIoTの活用によって常時把握できる仕組みが整っていれば、顧客ごとの利用状況の把握はもちろんのこと、故障などのトラブルが発生した際のフォローやメンテナンス提案などが、よりしやすくなることが考えられます。

加えて、これまで製品製造のみに特化していたメーカーにとっては、こうしたアフターサービス提供を前提とした新たなメンテナンスビジネスへの進出可能性が生まれてきます。

デジタルツインの活用業界と事例

現段階では発展途中であり限定的な例が多い状況ですが、デジタルツインの進行状況を把握するため、いくつかの事例を紹介していきたいと思います。

製造業

デジタルツインが最も活用されている業界の一つが、製造業です。モノを作る製造業においてはデジタルツインによって得られる恩恵が多く、サイバー空間に各種の工程を再現することで効率化や製品品質の向上などが期待できます。

デジタルツインを活用した事例としては、中国のカラーフィルターメーカー「上海儀電」の事例が挙げられます。上海儀電では、工場内の設備や機器をデジタルツインによってすべてデジタル化し、稼働状況や消費電力、機器のコンディションなどをリアルタイムに監視できるようにしています。これにより、工場内で異常が発生したときにすぐさま場所や異常の内容を察知し、対処できるなどのメリットを享受しているとのことです。

横河電機は実在のプラントにデジタルツインを活用して30分後の稼働状況を予測する技術を開発しています。東京湾に面する東京ガスの扇島LNG基地に導入され、1000個単位で配備されたセンサーからは圧力や温度、流量など都市ガスの製造過程で得られるデータをリアルタイムで収集し、デジタルツインに反映させています。横河電機では他に、2022〜2023年に実施したとの共同実験では、強化学習によるAIが約1年にわたって化学プラントを自律制御できることを確認、安定稼働させる世界初のシステムを実現したとしています。

製造業でのAI活用については、以下のコラムでもご紹介しています。

Laboroコラム:「『製造DX』は幻想か。AI導入の今と展望」

出典:FUJITSU JOURNAL「製造業の最新活用事例にみる『デジタルツイン』とは?」 
   日経産業新聞「日本流DXで製造業変革 横河電機など、人と機械が協働」
   横河電機「【ENEOSマテリアル/横河電機】世界初 強化学習AIが化学プラントに正式採用」

建設業

建設業界においても、建設現場をデジタルツインで再現することでさまざまな効率化や品質向上につなげる取り組みが進められています。その例として、大規模複合施設「HANEDA INNOVATION CITY」に適用された現場管理システム「3D K-Field」が挙げられます。

大手建設会社の鹿島建設が開発した3D K-Fieldでは、施設内のロボットや施設をつなぐ自律走行バス、スタッフの位置やバイタル情報などがデジタルツイン上に再現され、現場の状況を遠隔から正確に把握できるような仕組みが構築されています。

東京大学発スタートアップのDeepXと橋梁メーカーのオリエンタル白石は、地下調整池などの建設に使用するシステムの自動運転システムの開発を進めています。デジタルツインは掘削する地面の状況を把握するのに活用しており、複数のセンサーを使ってリアルタイムに地形を測量し、地上のモニターに3次元で表示する仕組みを構築しています。この測量値を基に、ショベルを精度良く自動操縦できるとしています。

建設業でのAI活用については、以下のコラムでもご紹介しています。

Laboroコラム:「変わる建設、変えるAI。建設DXの今とこれから」

出典:鹿島建設「リアルタイム現場管理システム『3D K-Field』をスマートシティに初適用」 
   日経産業新聞「DeepX、デジタルツインで縦穴掘削 建機を自動運転」

スマートシティ

デジタルツイン活用の最高峰として位置付けられるのが、スマートシティの実現です。国内ではトヨタ自動車が推進する実証都市「Woven City(ウーブン・シティ)」が知られていますが、ウーブン・シティは静岡県裾野市の工場跡地を再利用して建設が進められている都市で、人々が実際に住んで生活を営む空間においてさまざまな先進技術を取り入れ、コミュニティの成長や幸福を目指すヒト中心の街です。この都市における実証で重要となるのがデジタルツインであり、都市を取り巻くあらゆるデータを集め、現状や未来の変化をシミュレーションすることが目指されています。

シンガポールは「プンゴル・デジタル・ディストリクト(PDD)」と呼ばれる50ヘクタールの土地をデジタル化の重点地区として開発しています。西部のジュロン地区に続くイノベーションの拠点として位置づけ、企業や大学、商業施設などを集積し、各施設は2024年以降に順次稼働する予定です。PDDにはテクノロジー企業も参画してさまざまな実証実験を進める予定でもあり、その中の一つに、地区内のエレベーターや冷暖房、人の混み具合などさまざまなデータを集め、ビルなどの構造物を3Dで再現したデジタルツインに連動させる計画もあります。

出典:TOYOTA WOVEN CITY
   accenture「都市の『デジタルツイン』の構想と可能性」
日経ヴェリタス「シンガポール、街をデジタル技術の実験場に」

デジタルツインとAI、そして文化

実世界を再現したミラーワールドをサイバー空間上に構築する、デジタルツイン。AIはデジタルツインを実現するために用いられる要素技術の一つでしかありませんが、画像AIによる人々の行動データの取得、自然言語処理によるSNS投稿内容の解析、ある機械に搭載されたセンサーから取得された時系列データの分析など、実世界データの取得手法としてはもちろん、それらを活用した予測にも用いられることが想定されます。さらにはそれらのデータをもとにしたエアコンなどの機械制御や、電力供給などの配給量統制など、その用途はさまざまに考えられます。

とはいえ、取得、分析、制御といったタスクを一律に、ある意味で自動的に実行するAIモデルやAIシステムは存在しません。一つひとつのタスクに対して個別にAIの仕組みを開発する必要があり、そしてそれらをシステムとして連携させる必要があることを考えると、スマートシティのような大掛かりなデジタルツイン環境を構築することは、一筋縄ではいかないはずです。

リアルとサイバーが連動するデジタルツインの未来は、確かにSFの世界を飛び出し、実現へと向かいつつあります。しかし、Society 5.0の実現は、最新の技術さえあれば達成されるというものではなく、それらの仕組みを検討し、要件として落とし込み、個々に開発することが必要であるのに加え、それを利用する人たちにオペレーションとして浸透・定着させる必要があります。デジタルツインは、技術の進化によってのみ構築されるものではなく、ある意味で文化を変革することによってもたらされるものでもあるのです。

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