女性だからできる、AIの「仕上げ」が今はじまる
2022.10.10
監 修
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティング部長 和田 崇
概 要
「今ある職業の多くが AI に置き換えられる」––AIの技術進化に伴って、こうした話がますます現実味を帯びてきたようにも思えますが、一方で AIによって多くの新しい仕事が生み出されることもまた想像される未来です。そして、この新しい仕事への移行において、男性よりも女性の方がより大きな影響を受けるという研究結果があります。AIによって自動化しやすい事務職の大半を担っている女性が、よりAIが生み出す仕事に移行する可能性が高いというわけです。
とはいえAIを専門とする仕事の男女比を見てみると、女性の割合は4分の1にとどまっているのが現状ですが、実はコンピュータサイエンスの学問において女性が圧倒的に劣勢になったのは割と最近のこと。振り返れば、コンピュータサイエンスの歴史を動かしてきたのは男性だけではありません。
今回のコラムでは、女性の参加によってAI が成熟期へと導かれていく次のステージを考えていきます。
目 次
・「男性の方が得意」が生まれた理由
・ファミコンからパソコンへ
・弾道ミサイルの計算をプログラムする
・戦時下にいた「女性コンピュータ」
・生まれたてのスーパーコンピュータ
・AI社会を現実的な目線で考える
・AIカリキュラムのリデザイン
・AI チャットボットの責任は
・「AI職」への大移動が始まる
・「女性の方が得意」が生まれた理由
・未熟なAIを成熟させる仕上げ
「男性の方が得意」が生まれた理由
ファミコンからパソコンへ
データやAIの専門家のうち、女性の割合は4人に一人に過ぎないということが2020年の世界経済フォーラムのレポートで明らかになりました。背景には、家庭用コンピュータの普及をきっかけに男性の方がより早くからテクノロジーに接するようになり、コンピュータサイエンスを専攻する男性の割合が急増したことがみられます。
80年代に「ファミリーコンピュータ」や「ゲームボーイ」といったゲーム機に触れ、90年代に入ると自然とパソコンが趣味となった男性も多いのではないでしょうか。1995年に 「Windows95」 を搭載したパソコンが登場するとインターネットの一般利用がスタートしたことも相まって、男の子の部屋にパソコンが置かれ、父親からパソコンの使い方を教わったりする環境も整っていきました。
以降定着した「コンピュータは男性の方が得意」というイメージは日本に限った話ではなく、データやAIを含めたコンピュータサイエンスをリードしてきたアメリカでもその認識に大きな違いはありません。
Deloitte AI Institute の調査報告では、2019年に北米ではAIおよびコンピュータサイエンスの博士課程に占める女性の割合は22% と、9年前の調査時より4%しか増えていませんでした。そうした状況を踏まえ、今後も女性専門家の割合はなかなか増えそうにないとする見方もあります。
しかしながら、女性が圧倒的に劣勢というのは割と最近のトレンドで、それ以前の1984年のアメリカでは、大学でコンピュータサイエンスを専攻する学生のうち約40%を女性が占めていましたし、そもそも情報化時代の始まりを支えたのも、実は第二次世界大戦中のアメリカでコンピュータの仕事に携わった女性たちだったのです。
弾道ミサイルの計算をプログラムする
戦時下にいた「女性コンピュータ」
戦時下のアメリカでは女性の雇用が50%増加し、アメリカ陸軍は100名の女性を計算担当である「コンピュータ職」として採用しました。計算すべきものは数千に及ぶ弾道ミサイルの発射軌道で、その計算には飛距離だけでなく、砲弾の重さ、温度、湿度や風向きといった気候条件なども含まれるため、人の手で一つの軌道を計算するのに30〜40時間もの時間がかかったといいます。
そこでスタートしたのが、当時ハードウエアの開発がほぼ完了していた世界初の真空管式、全電子式スーパーコンピュータ ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)のプロジェクトでした。マシンこそあれ、プログラミング言語も運用システムも存在しない時代、選抜された6名の「女性コンピュータ」は発射軌道の方程式を実行するようENIACをプログラムする任務を与えられたのです。
生まれたてのスーパーコンピュータ
女性たちにとってみればそれまで電卓を使う自分たちが「コンピュータ」と呼ばれていたわけですから、まず彼女たちはこのコンピュータという機械が何なのか、どのようなインターフェースなのかを理解してから、複雑な数学の問題を ENIAC が実行できるよう、その手順を非常に小さなステップに分解しなければなりませんでした。
こうしたゼロからのプログラムの末、ついにENIACによって毎秒5,000の足し算、500の掛け算が可能になり、ひとつにつき30 時間以上かかっていた弾道ミサイルの発射軌道の計算は数秒〜20秒にまで劇的に短縮されました。およそ、人の1万倍の速さで計算ができるようになったのです。
ところが、研究者や役人、軍の要人などを迎えて行われたENIACのデモンストレーションでは、コンピュータプログラミングという概念が新しくて理解されにくかったことに加え、当時の女性のあるべきとされた立ち位置もあって、彼女たちは ENIAC を動かす「オペレーター」と見なされてしまい、ハードウエアを開発した男性たちばかりに賞賛が集まりました。
この情報化時代の黎明期に活躍した女性たちのストーリーは、1995年にその功績が認められるまでの50年、世に出ることはありませんでした。一方、その間もプロジェクトメンバーはUNIVACやBINACといったアメリカ初のプログラム内蔵商用コンピュータの開発に携わるなどして情報化時代の道のりを開拓していたのです。
AI社会を現実的な目線で考える
AIカリキュラムのリデザイン
実のところ、アメリカではここ数年でカーネギーメロン大学を始め、コンピュータサイエンスの女性の学生の割合を半数にまで取り戻したところも出てきています。そうした大学は、学生を適切にクラス分けし、男性の方が知識経験の多い傾向があるプログラミングなどの科目で女性が引け目を感じないように計らい、AI・機械学習を始めとしたこれら学問の実社会へのインパクトを伝えることに重点を置いています。
つまり、女性がテクニカルなスキルで不利にならないようにすると同時に、社会や暮らしに対してより現実的な目線を備えた女性の興味を引くよう、カリキュラムをデザインし直したのです。
AIはそのソフトウェアとしての特性から、多くのツールやソリューションの頭脳として用いられ、広く実生活・実社会に提供されている技術の一つであることは知られていますが、例えば、神経化学やAIの博士号を持っているある女性は、自分の子供が一型糖尿病と診断されたことをきっかけに、一型糖尿病の治療に役立つAIシステムを開発したそうです。
他にもアフリカ系女性の姉妹が 、AI を用いてスピーディかつリーズナブルにカスタマイズされたウイッグを製造販売する企業を立ち上げました。このビジネスにはこれまで見過ごされてきた130億ドル(1兆7千億円)規模の産業を揺るがす可能性があると示唆されています。
AI チャットボットの責任は
どこか男性的な AI のイメージを覆すこうした女性の活躍は、スタートアップに限りません。アパレル業界売上高ランキング世界 2 位のH&M GroupではAIがトレンド予測から需要の見込み、店舗ごとの製品ラインナップの最適化、それぞれの顧客へのおすすめやキャンペーン案内など様々に用いられると同時に、AIを社会に対してよりよく用いるためにどうすればよいか、AI を用いることで意図せず危害を加える可能性はないか等々、ディスカッションの実施を推進しています。
これらディスカッションのトピックや質問を作っているのは、Head of Responsible AI & Dataを務めるLinda Leopold氏で、もともとジャーナリストであった経験を活かし、AIを用いることで今後出てくるであろうジレンマをストーリーにし、社員や顧客、AI研究者といった人々に投げかけているそうです。そのストーリーの中には、例えば次のようなシチュエーションがあります。
“ セクシーな声で会話に長けている AI チャットボットが売上を伸ばしていますが、徐々に顧客から寄せられる相談が商品に関することからずれ始め、「Life 人生」「Love 愛」「Lust 愛欲」に関する内容が増えています。顧客の多数を占めているのは10代の女性で、彼女たちが AIチャットボットに打ち明けた誰にも言えない秘密がデータとして記録されていきます。あなたはこのAIチャットボットを使い続けますか? ”
企業の取引データ分析から女性が率いる企業の贈収賄の発生率が低いことの関連性を明らかにした調査研究は、まさにそれをわかりやすく裏付けるものですが、女性は個人的な利益よりも社会にとって良いことをしたいと思う気持ちが男性よりも強いと言われます。
これから訪れる現実を見据え、AIという技術をよりよい未来に向けて育む。これは女性だからこそできる大きなやりがいのある仕事の一つになるかもしれません。
「AI職」への大移動が始まる
「女性の方が得意」が生まれた理由
そもそも日本女性の職種の3割を占めている事務職が「女性の方が得意だから」というイメージを持たれるようになったのは、時代に導かれた結果でしかありません。
戦争の時代が終わり、男性がそのフィールドを職場へと戻すと、女性による置き換えが進んでいた多くの企業が女性労働者を排除する方向に舵を取りました。すると、女性の多くは入社時に結婚退職誓約書にサインをするなどして、弱いコミットメントを前提とした事務作業的な仕事に就く状況になったと言われています。
そして近年、「多くの仕事がAIに取って代わられる」と時に大袈裟にも言われますが、一方でAIによって多くの新しい仕事が生み出されることも想像に難くありません。この新しい仕事への移行について、男性よりも女性の方がより大きな機会を得る可能性を示唆した研究結果があり、そこではAIによって自動化しやすい事務職の大半を担っている女性が、自ずとAIが生み出す新しい仕事に移行する可能性が高いと考えられています。
未熟なAIを成熟させる仕上げ
前出の世界初のスーパーコンピュータをプログラムした女性は、自分たちが成功した理由を次のように述べています。
“ 私たちは馬車馬のように働き、それを完了させました。私たちは未完成のものを完成させる、仕上げ人だったのです。 ”
AIの場合、もちろん全く新しいビジネスチャンスを掴む人も出てくるかもしれませんが、現実的には、本来的に未熟なAIを成熟させるための仕事に関わる人が多くなってくると考えるのが自然かもしれません。新しいテクノロジーは生み出されたら終わりではなく、社会で使われ、社会をよりよく変えていくことで初めて成果があったと言えるものです。仕事や生活の現場でAI に触れる機会が増えるであろう今後、実際にそれらを使い、機能させ、社会を変革させる「仕上げ人」としての女性の活躍機会が生まれてくることが待ち望まれます。
ところで、ある属性グループの組織に占める割合が15%を下回っているとき、そのグループの人はどうしても目立つ存在=トークン(象徴)となり、そのトークンの発言や行動はネガティブに作用しやすく、“出る杭は打たれる”ことが多くなってしまうこともあるそうです。そうだとすれば、データやAI・機械学習の専門家の女性の占める割合が25%程度である今の状況は、トークンを脱し始めた段階にあります。将来的にはこれが35%あたりを超えてくると、男女という属性は気にもされなくなるはずです。
とはいえ現時点では男性の後から参加する女性が多いAI界隈かもしれません。ですが、「コンピュータ職」だった女性たちがかつて歴史を切り拓いたように、「AI職」に就く女性たちがその現実的な視点によって AIという技術を育み、社会に役立つ技術としての仕上げをする、今のタイミングはそれに向けたスタートラインにあるのかもしれません。
Top Image : Photo by Twin Peaks