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Laboro.AIコラム

需要予測AIよ、需要は予測するものでなく作るものだ。

2022.3.6公開 2023.6.22更新
株式会社Laboro.AI マーケティング・ディレクター 和田 崇

概 要

大量データの分析を得意とするAIの活用分野の一つに、需要予測があります。人間には難しいビッグデータの解析も、AIであれば高速に処理し、経営判断に役立てられる予測も可能になるかもしれません。しかし、そもそも需要は予測できるものなのでしょうか。AIによる需要予測のメリットや導入事例の他、「需要とは何か」について考えを巡らせていきたいと思います。

目 次

完璧な需要予測は、人にもAIにも難しい
需要予測AIを用いることのメリット
 ・勘を信じて生まれる、業務効率化
 ・信頼が生まれれば、強い根拠になる
需要予測の代表的な手法
 ・移動平均法
 ・指数平滑法
 ・回帰分析
 ・機械学習
需要予測AIを確かなものにするポイント
 ・やはりデータをそろえる
 ・現場とともに作っていく
需要予測AIの導入事例
 ・【小売業界】オンライン購買履歴を基に実店舗に反映
 ・【飲食業界】茶店の来店客数予測で新サービス提供へ
 ・【食品業界】気候により生産計画作成
 ・【サービス業】タクシー配車での需要予測
 ・需要予測AIの活用とは、文化の浸透だ

完璧な需要予測は、人にもAIにも難しい

ビジネスはつまるところ製品・サービスの提供であり、需要予測が欠かせません。一般的には、過去の傾向や季節や人流など需要の変動要因などを加味して予測値をなんとかひねり出す、というのがほとんどだったでしょう。一方、近年「需要予測AI」を謳うソリューションやそれを組み込んだサービスが多数登場し、「AIが人間以上の精度でマーケット需要を予測してくれる」といった期待も持たれているでしょう。

しかし、残念ながら、需要予測AIソリューションを導入したからといって完璧な予測ができるわけではありません。AIは入力されたデータをプログラムに基づいて計算を施すソフトウエアでしかなく、需要の根拠となるデータがなければ正確な需要を算出するのは難しいからです。

さらに、ここで言う「需要の根拠となるデータ」とは何かが重要な点です。私たちは一般的に「需要」≒「売り上げ」と考えることが多いように思いますが、売り上げは市場ニーズを過不足なく完全に表す数値ではありません。売り上げという金額は、欠品のために機会損失してしまった金額、営業努力でなんとか押し込んだ金額、顧客の都合により来月に購入を引き延ばさざるを得なかった金額など、さまざまな影響が足し引きされた結果として生まれたものです。つまり、そもそも市場ニーズを正確に算出できないことと同じように、需要そのものにも正解がないのです。

答えの分からない将来予測にも関わらず、なぜAIによる需要予測に注目が集まっているのでしょうか。

需要予測AIを用いることのメリット

勘を信じて生まれる、業務効率化

ありきたりにはなってしまいますが、AI需要予測を用いることの一番のメリットは、これまで人が頭をひねらせていた予測値の算出作業をコンピュータにさせることによる業務の効率化です。たとえその予測精度・予測内容が完璧でなかったとしても、毎月のデータ集約や分析作業が少しでも楽になれば、人的リソースを他業務に割り振ることができるというわけです。

ただここで分かれ目となるのは、「AIの勘を信じられるか」ということです。これまで自分自身の経験や勘を信じてやっていた業務だからこそ、私たちは機械が出してきた予測結果を信じることに難しさを覚えるのが普通です。3時間かかっていた分析作業を、AIが3分で算出してきた−−。こうした怪しげにも聞こえる現実を受け止められるかどうか、そして怪しいからといってまた3時間かけて検証作業をするなどの非効率化に陥らないよう、AIというパートナーを信頼できることが、実は需要予測AIを活用するに当たって大きなポイントになります。

信頼が生まれれば、強い根拠になる

AIに対する信頼が個人の中にも、会社の中にも根付いた状態を現出させられれば、今度はその裏返しとして「AIがこう予測している」という強い根拠としてそのアウトプットを活用できるようになるはずです。

とはいえ、AIあるいは機械学習という技術は、良くも悪くも入力されたデータに正直です。仮に生産数や発注量を決定するとして、過去の売り上げ、気象情報、POS(販売時点情報管理)データ、来店数を変数とした場合には、それに応じた予測結果が導き出されます。ここに含まれていない競合企業の販売施策、店舗近隣でのイベント情報、販売奨励金の変動による売り上げの変化などは当然ながら加味されません。

AIが弾き出した予測結果の裏で根拠として含まれている情報、逆に加味されていない情報を正確に理解し、そこに不足する部分を人の経験と勘でどう補うかが重要になってきます。つまり、需要予測にAIを導入することで私たちは、新たな経験と勘を携えていく必要も生まれてくるということです。

需要予測の代表的な手法

需要予測にはいくつかの手法があり、事業の特性に合わせて選択されてきました。需要が実際にはどのように算出されるかイメージしやすいように、4種類の手法を簡潔に取り上げます。

移動平均法

移動平均法とは、過去の売り上げから平均を算出し、需要の予測を行うというシンプルな手法です。
例えば、
4月売上:100万円
5月売上:140万円
6月売上:120万円
という場合、これの平均は120万円になるため、7月の売上は120万円だと予測します。

指数平滑法

指数平滑法では、過去の売り上げの実績と予測値の両方を使って未来の予測値を算出します。
例えば、4月の売上実績が120万円で、売上予測が100万円だった場合、計算式は以下のようになります。

5月の予測値=A×120万円+(1-A)×100万円

この式におけるAを平滑化係数といい、0と1の間から任意の数値を設定します。Aが0.5の場合、計算では実績と予測がシンプルに平均で出され、5月の予測値は110万円になります。最新の実績データをより重視する場合はAの数値が大きくなります。例えば0.7であれば、5月の予測値は114万円になります。

回帰分析

売り上げに影響する複数の要因から売上予測を算出する手法が、回帰分析です。売り上げに影響する要素としては、店舗面積、駅からの距離、天候、圏内人口、席数、駐車場数などがあります。
なるべく定量的な要素が望ましく、データが多ければ多いほどより正確な予測が期待できます。

機械学習

顧客ニーズや消費傾向が激しく変化するのが当たり前になっている現在では、需要予測の難易度が上がっています。多くの企業はベテラン担当者の勘や経験に頼っており、予測精度にばらつきが出てしまうことが少なくありません。

そうした中、AI(機械学習)による需要予測のニーズが高まっています。膨大なデータを分析できるAIであれば、人が今まで気づかなかった傾向や需要に影響する要因をつかみ、高精度な予測が見込めます。また、AIはデータを基に需要を予測するため、特別なスキルや経験のない担当者でも一定精度の予測ができるようになり、属人化を防げるというメリットもあります。

需要予測AIを確かなものにするポイント

「需要は捉えどころがないからこそ、AIによる予測も完璧にはなり得ない」。この前提を受け止めることができれば、需要予測AIの活用範囲にも幅が生まれてきます。需要予測AIをより確かなものとしてビジネスに生かすためのポイントを考えてみます。

やはりデータをそろえる

根拠となるデータの存在は、AIの活用にはやはり重要なポイントです。単に量が多いということだけではなく、種類の多さにも気を配る必要があります。売り上げ、類似・競合商品の売れ行き、気温・天候、広告出稿に関する情報など、挙げればキリがありませんが、これらデータもあれば良いというわけではなく、予測したい結果に対してどのように関連する値であって、どう影響を及ぼすのかをしっかりと踏まえた上で用いなければ持ち腐れになってしまうことは言うまでもありません。また、データのフォーマットについても気を配る必要があります。例えば、手書きの営業日報が数万枚あっただけではほぼ何もない状態に近く、AIにデータをインプットするためには、AIが読み込みやすいフォーマットにデータを整形することも大切な準備の一つです。

現場とともに作って行く

上でも触れましたが、AIという機械が算出した需要予測の結果を用いるためには、AIというツールを信頼しなければ話が進むことはありません。特に経営企画部門が営業部門に需要予測AIを導入する際、現場から強い抵抗が得られることが少なくありません。営業部門に取ってみれば需要とは「予測するもの」ではなく、営業努力によって「作り出すもの」だからです。こうした心持ちの営業現場の従業員に対して「AIが予測したから」という説明は通用するはずもありません。もはやAIと関係のない話になってしまいますが、こうした事態の発生は、日頃からの部門間コミュニケーションの濃度に左右されます。企画段階から現場部門とともに話を進めていくことが、需要予測AIの導入・活用の最重要ポイントとも言えるかもしれません。

さらに、常にPDCAを回すことも重要です。結果と完全に一致した予測が出たとしても、そのときはたまたま当たっただけで、次の月からズレていく可能性も考えられます。AIの力を過信せず、常に改善を続ける体制を作ることが大切です。

需要予測AIを用いた業務フローについてはもちろんですが、AIそれ自体にも改善が必要なことが多いかもしれません。その点を考えれば、パッケージ型のAIよりも、カスタム型のAIのほうが柔軟な改善が可能だと言えるでしょう。

需要予測AIの導入事例

かなりリアルで正直、そして地道なプロセスを踏む需要予測AIですが、それも用い方次第、近年では以下のような活用事例が生まれています。

【小売業界】オンライン購買履歴を基に実店舗に反映

需要予測がビジネスの成否を握ると言っても過言ではない小売業界では、顧客データに加えて多様なデータを用いたAIによる需要予測が試みられています。インテリア雑貨を取り扱う企業では、いわゆるO2O(Online to Offline)あるいはオムニチャネルでの施策を展開しています。オンラインショップでのユーザーデータを活用して、どの地域に住んでいる顧客がどういった商品を購買する可能性が高いかを可視化し、店舗の品ぞろえや発注量を最適化することで実店舗の売り上げを大きく伸ばすことに成功しています。

出典:BUSINESS INSIDER「AIは小売業に何をもたらすのか。マイクロソフトの事例から見えてきたもの
参考:Laboro.AIコラム「POSからの脱却。小売AIの進化と可能性

【飲食業界】茶店の来店客数予測で新サービス提供へ

日本三名園の一つ、金沢市の兼六園で茶店を経営する兼六は、AIによる来客数予測を通じた仕入れの効率化などにつなげています。天候や時期などによって客の増減があるかを過去のデータを基に推計し、90%超の的中率で客数を事前に当てられる日が増えています。今後は、勘に頼っていた従業員の勤務シフトづくりや食材の仕入れの見直しにつなげていくとしています。さらに、業務効率化で余裕ができたこともあり、テイクアウトメニューを新設することもできました。

出典:日本経済新聞「兼六園の茶店、デジタル化でサービス改善 客数予測も

【食品業界】気候により生産計画作成

ほぼすべての商品で賞味期限が設けられる食品業界も、正確な需要予測の恩恵を受けやすい業界の一つです。ある豆腐メーカーでは日本気象協会が発表する「豆腐指数」という過去の販売数や気候、SNSの投稿分析などを踏まえた指数を参考にすることで、作りすぎの豆腐の量を0.06%に抑えられたとことで話題になりました。

この豆腐メーカーが抱えていた課題は、スーパーからの発注に応えるためには注文前から作り始めなければならず、欠品を避けるために作りすぎてしまうことでした。賞味期限の短い豆腐は、作りすぎると廃棄せざるを得なくなります。

「豆腐指数」というAIでは、豆腐の販売数や気温の変化、湿度、風量などの過去1年間にわたるデータを分析し、豆腐の売れそうな量を予測します。この豆腐指数を使って需要予測を行ったところ、作りすぎとなる量を0.06%に抑えることができ、年間1000万円もの無駄の削減につながったとしています。

出典:NHK「食品の需要予測はAIで」
参考:Laboro.AIコラム「新・食体験に挑む。食品AIの可能性

【サービス業】タクシー配車での需要予測

過去のデータから未来を予測する技術の活用は、タクシーの乗車予測でも行われています。ある実証実験では過去のデータを元に利用客の多い乗車ポイントをAIで予測、新人ドライバーに活用させることで1人当たりの1日の売上が1400円以上も向上したことが報告されています。

タクシーの運行における課題としては、新人ドライバーが不慣れな地域を走行する際、あるいは商業施設の開業などの変化に対応する際に、乗客を見つけるのが難しいというものがあります。これをAIで予測して解決しようという事例であり、過去のデータはもちろん、人口変動や天気予報なども鑑みて需要予測を行っています。

売り上げの向上の他、タクシー業務の効率の指標である実車率(乗客を乗せている時間の率)の改善も見られたとしています。

出典:NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル Vol. 26 No. 2 「AIタクシー ─交通運行の最適化をめざしたタクシーの乗車需要予測技術― 」
参考:Laboro.AIコラム「事例から知る。機械学習の基礎と活用5ジャンル

需要予測AIの活用とは、文化の浸透だ

今回は需要予測AIをテーマに色々と考えを巡らせてみました。これまでの通り「需要予測AI」というキーワードの盛り上がりや期待感とは裏腹に、そもそも需要という正解も実態もないものを予測しようということに難しさが潜んでいることを押さえておく必要があります。まるで神様の手の上で転がされるように右に左に変動する需要というものは、まさに私たち消費者の虚ろげな購買心理そのものです。「完璧な予測は不可能である」という前提に立って、どのような予測をAIにさせ、どのように文化としてその活用を社内に浸透させていくか、こうした地道な一つひとつの活動が需要予測AIをビジネスで活用することの成否を握っています。

Laboro.AIが「カスタムAI」というオーダーメイド型のAI開発にこだわるのはこうした背景から、つまり、企業によって業務内容や目的、環境、社風が異なるとすれば、汎用的なAIプロダクトやAIソリューションは力を発揮しにくいという前提に立っているためです。それぞれの文化や目的に合わせてAIを導入するのであれば、AIもそれぞれに適した形にデザインする必要があります。そして単なるツールとして「AI導入」を達成することを目指すのではなく、社内の文化としてAIの活用を浸透させることも重要なデザイン範囲の一部です。Laboro.AIでは、このAIとビジネス両面のデザインプロセスを「ソリューションデザイン」と呼んでいます。

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