新・食体験に挑む。食品AIの可能性
2021.9.7
概 要
飽食の時代。こと国内においては食べることについては困ることもなくなり、豊かな食生活を送れるような時代を迎えました。ですが食品業界には、豊かだからこその課題も少なからず存在しています。現代の食品業界が抱える課題、そしてそれら課題に対するAI活用の可能性を今回のコラムでは探っていきたいと思います。
目 次
・食品業界の現在の課題
・食品ロス問題
・商品数の増加
・消費者にとっての選択肢の増大
・食品業界でのAI活用事例
・献立のパーソナライズ&レコメンド
・需要予測
・食品原料検査
・食品原料の選別
・豊かな時代こそのAI活用を
食品業界の現在の課題
私たち消費者にとっても身近な食品業界だからこそニュースでも見聞きすることが多い内容ではありますが、食品事業を展開する企業にとっては、豊かなこの時代ならではの課題が複数存在しています。
食品ロス問題
SDGsの目標12「つくる責任とつかう責任」で食品ロスが取り上げられていることもあり、食品業界の多くの企業にとって関心の高い内容かと思いますが、近年、食品ロス問題に注目が集まるようになっています。
総務省人口推計によると、平成30年度における国民1人あたりの食品ロス量は年間約47kgにも上り、1日にすると茶碗1杯分のご飯に相当する130gを私たちは廃棄していると言われています。家庭系と事業系に分けられる食品ロスのうち、事業系食品ロスは54%を占めており、外食産業なども含めた食品業界全体の課題であることが分かります。
商品数の増加
近年、顧客ニーズが多様化し、年齢や性別だけでなく地域や季節などにも合わせた細かいシーズナリティに合わせるなど、マーケティング活動が緻密になっていくにつれ、企業間の新商品開発競争は激化・細分化の一途です。従来の少品種を大量生産する戦略から、多彩な商品を少量で展開する多品種少量生産が主流となっていますが、多品種少量生産は顧客ニーズに合わせた商品開発が可能というメリットがある一方で、新商品を次々と開発しなければならず、製品ライフサイクルが短期化し、原料調達や製造フローがより複雑にもなり、管理コストが増大することが考えられます。
消費者にとっての選択肢の増大
『選択の科学』という書籍が以前話題になりましたが、消費者にとっての選択肢が増えることは良い面だけでなく、負の側面があることにも注目すべきかもしれません。
インターネットから気軽に商品情報やレシピを取得できる時代になり、朝の献立一つをとっても様々な選択肢から考えられる時代になってきました。一方で、膨大な食料品やレシピの中からどれを選択すれば良いのか迷う、あるいは体作りに良いレシピを学んでも結局どのように毎日の献立を計算すれば良いのか方法が多すぎて分からないなど、選択肢の多さがストレスを与える要因になる可能性も否定できません。いかにストレスの少ない食生活・食体験を提供するか、こうした一般家庭における食に関する悩みも、食品業界にとっての課題の一つだと考えられます。
食品業界でのAI活用事例
上にあげた全ての課題を完全に解決するものではありませんが、近年、食品業界でもAIの活用が進み、いくつかの方面で成果が出始めています。直接的な影響が少ないものも含みますが、代表的なAI活用事例を以下にご紹介していきます。
献立のパーソナライズ&レコメンド
味の素が消費者向けに開発しベータ版を提供しているのが、トップアスリート向けに培われてきた栄養計算やサポート知見を一般のアスリートにも提供することをコンセプトにした、自動献立提案AIアプリ「勝ち飯®AI」です。
トップアスリートが実践しているような食事の提供は、小中学生のような一般アスリートを持つ保護者にって簡単なものではありません。「子どもの頑張りをサポートしたい」という思いを持ってインターネットなどで献立を調べても、栄養計算が難しく、どう献立を組み立てるかわからないといった声は少なくありません。
勝ち飯®AIでは、「ビクトリープロジェクト®︎」として味の素で取り組まれてきたトップアスリート向けの食事サポートや栄養計算基準をアルゴリズム化。ユーザーが性別・体重などの基礎情報のほか、競技種目・目標体重、日々の食事記録などを登録することで、一人一人に最適化された献立を10日分提案するということを実現しています。
出典:PR TIMES「味の素㈱がアスリート向け献立提案AIアプリ「勝ち飯®AI」β版を開発 ユーザテストを開始」
(※画像はイメージです。実際の内容を表すものではありません。)
需要予測
どの商品がどの程度売れるのかという需要予測の正確性が増せば、食品ロス問題の解決に加え、生産性の向上も期待できます。「AI需要予測」を謳ったAIプロダクトも多く見られるようになってきましたが、一方で、そもそも“需要”というもの定義することが難しい上、例えば売上や天候といった限られたデータのみから需要を導き出してしまうと偏った予測の原因にもなりかねません。
ある豆腐メーカーもこうした需要予測の難しさに悩まされていました。この豆腐メーカーでは、日本気象協会が発表する「豆腐指数」を参考にしながら、人による微調整も含めて製造を進めたところ、作りすぎた量はたった0.06%、年間1,000万円もの無駄の削減に成功したと言います。日本気象協会が発表する「豆腐指数」は、販売数や過去の気温の変化などはもちろん、湿度や風の量などに加えて、AIがTwitter上の体感気温に関する投稿を分析することを通して、豆腐がどの程度売れるかの指数を算出するというものとのことです。
(※画像はイメージです。実際の内容を表すものではありません。)
食品原料検査
食品原料の検査は食品業界においても重要な業務ですが、これまでは機械による検査の精度が低く、信頼性も低いとされていました。少し古い事例となりますが、食品大手であるキユーピーでも、それまで1日100万個以上のダイスカットポテトの検品を人の目で行っていたことから、さまざまな企業の協力を得ながらAIによる良品学習型検査装置を開発し、検査制度100%を実現したと言います。
ここでは、AIの中でも特に高い精度での処理が期待できるディープラーニング技術が使用されています。また、不良品を取り除くのではなく、良品を検出するというアプローチにより、高い精度で安心・安全を提供できるようになったとしています。
出典:ITmedia「キユーピーがAI導入、1日100万個以上のポテトをさばく「ディープラーニング」の威力」
(※画像はイメージです。実際の内容を表すものではありません。)
食品原料の選別
農作物の多くは等級によって選別され、それぞれ梱包して出荷されていきますが、その選別作業にはベテランの長年の勘が必要なケースもあります。
ある個人農家では、Googleが公開している機械学習ライブラリ「TensorFlow」を用いてキュウリの画像を大量に学習させ、キュウリを9つの等級に分けるシステムを開発・活用しています。その選別の精度は8割と高く、ベテランの目を頼らずとも自動で振り分けまで行うことが目指されていますが、振り分けまで自動で行うとキュウリの新鮮さを表すイボが機械で取れてしまうとの課題もあり、選定はAIが行い、実際の振り分けは人間が行うというフローで運用されているとのことです。
出典:SMART AGRI「キュウリ農家によるAI自動選別機の最新版【窪田新之助のスマート農業コラム】」
(※画像はイメージです。実際の内容を表すものではありません。)
食品業界そのものだけでなく、収穫・製造された食品を販売する小売業界でも、様々な形でAIの活用が進められています。とくに小売業界では、需要予測や発注業務の効率化、顧客の行動分析などにAIによる成果が報告されています。
Laboro.AIコラム「POSからの脱却。小売AIの進化と可能性」
豊かな時代こそのAI活用を
数多くの食品・食料品が簡単に手に入るようになり、私たち消費者の選択肢の幅も非常に広くなりました。その一方で、食品ロス問題や商品数の増加、ストレスの増大など、現代特有の課題も食品業界では表出化してきています。消費者の新・食生活、新・食体験を提供していくにあたってAIの活用は重要テーマの一つですが、AIは基本的に単機能であり、全てを解決する万能なAIが開発されることは今後もあり得ません。一つ一つのビジネス上の課題を明確に捉え、それに合わせてAIという技術をどう活用していくか、真剣に向き合う段階に入ってきたのかもしれません。