不動産×AI、「固定」資産ビジネスこそAIで柔軟に
2021.8.15公開 2024.3.19更新
概 要
不動産業界も多種多様かつそれぞれが膨大な量のデータを扱っています。AI活用の大前提となるビッグデータが既に蓄積されていると見ることもでき、業務の効率化や新しいサービスが生まれ始めています。課題も確認した上で、AIを導入するメリットや活用事例を取り上げます。
目 次
・不動産業界の現状と課題
・労働環境
・需要の下落
・膨大なデータの活用
・不動産業界でAIを導入するメリット
・業務効率化
・新サービスの開発
・不動産投資への低ハードル化
・不動産業界でのAI活用事例
・不動産査定AI
・不動産仲介AI
・一人ひとりに合った物件提案
・日当たり・騒音の計測
・サイトでのAIチャットボット
・不動産価格予測
・AIで不動産の新たなユーザー価値を
不動産業界の現状と課題
不動産業界は、主な産業の国内生産額において情報通信産業、商業に次ぐ3位の規模を誇ります。海外で金融引き締めが進む中、日本では超低金利が追い風になり、国内外の機関投資家が日本の不動産投資を拡大し、市況は堅調です。一方で、以下のような大きな課題があることも指摘されています。
出典:総務省「令和4年度 ICTの経済分析に関する調査」
東洋経済新報社『会社四季報業界地図2024年版』
労働環境
不動産業界で大きな問題とされているのが、労働環境です。不動産業界では長時間労働が常態化しており、残業時間が多いだけでなく、勤務日数も多くなっているとする調査報告もあります。OpenWorkの調査によると年々改善傾向にはあるものの、「不動産・建設」業界は月間30.5時間で、「コンサルティング」「マスコミ・広告」に次いで3番目に多い業界になっています。
労働環境が悪いために離職率も低くなく、人材流出をどう防ぐかも大きな課題となっています。厚生労働省「令和4年雇用動向調査結果の概況」によると、2022年の不動産業・物品賃貸業の離職率は13.8%で、調査対象となった全16業種中7位でした。全産業の平均離職率の15.0%を下回ってもいます。
不動産業界の中でも、大企業ではITを積極的に取り入れるなどして労働効率を改善していく動きがありますが、中小企業が少なくない不動産業界では改善に着手する余裕がなかなかないという現状もあるようです。
出典:働きがい研究所「日本の残業時間 定点観測」
厚生労働省「令和4年雇用動向調査結果の概況」
需要の下落
近年は市場規模が拡大傾向にあり、好調と見ることのできる不動産業界ですが、長期的には人口減少や少子高齢化による需要の下落も想像できます。今後縮小していく可能性が小さくない市場において、いかに新しい価値を提供できるかが大きな鍵になっています。
出典:Smart Drive Fleet「不動産業界が抱える一番の課題『働き方改革』にはIT化が必須?」
膨大なデータの活用
不動産業界には、物件情報や取引価格など、膨大なデータが蓄積されています。一方、これらのデータを十分に活用するには、その仕組みを構築し、現場レベルでも運用できるためのDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要です。
膨大なデータと言うと「ビッグデータ」が思い起こされるでしょう。登場してから久しくなったこの言葉が含む意味には変化が見られています。端的に言えば「人力では全体を把握することが困難な巨大なデータ群」のことです。明確な定義はありませんが、Volume(量)、Variety(多様性)、Velocity(速度あるいは頻度)の「三つのV」を高いレベルで備えていることが特徴とされています。また近年では、これにVeracity(正確性)とValue(価値)を加えた「五つのV」とも言われています。不動産業界に蓄積されている膨大なデータを有効なビッグデータとして活用するには、DXの推進がまだまだ求められています。
出典:NECソリューションイノベータ「ビッグデータとは?基礎知識と活用事例を解説」
不動産業界でAIを導入するメリット
不動産業界でAI活用の推進には、以下のようなメリットが期待されます。
業務効率化
AIが得意とする領域として、バックオフィス業務をはじめとした定型業務の自動化が挙げられます。AIはあらゆる業種でさまざまなかたちで業務効率化に活用されていますが、不動産業界でも業務効率化を進め、労働環境を改善することが期待されます。
不動産会社の業務として、例えば他社の物件を仲介して物件案内図を貼り出す際に行う自社情報への「帯替え」があります。帯替えはシンプルな作業ですが、数が増えれば作業コストだけでなくミスおよびそれを補填するためのコストもかさみやすくなります。すべてを機械に代替させることは不可能ですが一部は可能であり、業務効率化につながることが期待できます。
他の例には、営業担当が不明点を確認するために使用する社内マニュアルシステムの構築もあります。営業に関するノウハウは、会社によってはマニュアル化されていないことも多く、不明点を確認するために手間を要する他、営業としての行動形式にもバラつきが生まれてしまいます。簡単な内容に限られることは否めませんが、例えばチャットボットを導入し、営業担当がいつでも質問・確認できる環境が整えれば、営業の生産性向上につながることが見込まれます。
新サービスの開発
AIを活用することでこれまでの常識を打ち破り、新しいサービスを開発できる可能性もあります。一例に、不動産仲介AIがあります。不動産仲介をAIが代行できれば、ユーザーの利便性が増すだけでなく、仲介業者が管理会社としていた複雑なやり取りも軽減され、担当者は人間にしかできない業務に集中できたり、新サービスの開発に時間を割けるようになったります。
SNS投稿の分析にも、AIがよく用いられています。投稿から投稿者の属性や好みを推定するようなAIシステムを構築できれば、顧客ニーズにより合った提案ができるようになるかもしれません。具体的には、ある場所の人流などの定量的な情報だけでなく、なぜその場所が賑わっているのか、どのような印象を持たれているかなど、定性的な情報を見いだし、各種サービスに反映させることも期待できます。
不動産投資への低ハードル化
近年は投資などを通して資産運用することが政府からも推奨されており、さまざまなタイプの金融商品への興味が高まってきています。不動産投資もその一つですが、AIの活用が進むことで、不動産投資へのハードルが下がる可能性があります。
投資家から集めた資金でオフィスビルなどの不動産物件に投資して主に賃料収入を得るファンドであるREIT(不動産投資信託)は、日本で登場してから20年以上が経ち、定着した感があります。REIT単体にAIが活用されるというよりは、AIを活用した投資信託の投資先にREITが選ばれる例が多く見られます。AIが投資先や投資金額を提案してくれるサービスが広まれば、金融商品全般の購入、ひいては不動産投資を検討する人が増え、不動産業界が活況になる可能性があります。
不動産業界でのAI活用事例
実際に不動産業界で誕生した、AI活用サービスを六つ紹介します。
不動産査定AI
不動産仲介大手の東急リバブルは中古戸建ての価格査定でAIを導入しています。過去に取引のあった1000件以上の物件データを基に、従来は最大1週間ほどかかっていた査定期間を1日に短縮しています。
特徴量としては、築年数や交通利便性だけでなく、土地の形状や公示地価、周辺環境なども採用し、売却価格を査定。一般的なAI査定による価格の誤差率は平均10%程度のところを、同社が扱うシステムは5%弱と精度を高めています。AIで即日査定できれば商談を迅速に進められ、マンションの契約率向上も見込めます。
空き家の発生数を予測するAIシステムを手掛けるマイクロベースは、空き家を売却するために適切な価格を予測するシステムを開発し、愛知県豊田市や東京都町田市と連携しています。学習データは、実際に売却された物件と売り出し中の物件を合わせて約2300軒分です。所在地や築年数、リフォーム状況などを踏まえ、販売価格に合わせた売却成功確率を弾き出します。実証実験では93%の精度で売却の成否を当てたとしています。需要の変化を数値化することで適切な価格設定を促し、空き家の発生を抑えることを狙います。
出典:日本経済新聞「東急リバブル、戸建て売却にAI活用 即日査定が可能に」
日本経済新聞「空き家問題をデータで解決 ヤモリ、戸建て購入し賃貸に」
不動産仲介AI
不動産売買の際には、売り手と買い手の間に不動産仲介業者が入ることになりますが、この不動産仲介の多くの業務を代行できる不動産仲介AIサービスが登場しています。
AIやITを駆使した仲介サービス系のプラットフォームとしては、ホテル予約サービスやデリバリーサービスなど、これまでにも多く登場しています。これらのサービスのメリットは、窓口を集約することにより、ユーザーが素早く気軽に利用できるといった点にあります。
不動産仲介の場合は、高額な取引をスムーズに進めるために仲介業者が入るのが一般的ですが、不動産仲介AIが登場することで売り手・買い手双方にとってより利用しやすいサービスになることが期待できます。例えば、賃貸物件を探しているユーザーが物件に関する質問を入力すると、AIが素早く返答、希望条件に適合した物件をAIが選定し、ユーザーにおすすめとして提案したり、ユーザーが内見の申請をしたりといったこともシステム内で完結させることが可能になります。
不動産仲介AIの活用においては、上のような事務的な業務フローはAIが代行し、実際の内見はこれまでどおり担当者が実施するといったような、業務効率化を目的とした使い道が見いだされます。
参考:JDIR「仲介業者はAIに殺されるのか? 不動産テック最前線」
一人ひとりに合った物件提案
不動産仲介AIの事例として、LIFULLが提供している「AIホームズくんBETA」があります。不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」の機能の一つであり、ユーザーとの対話を通して、好みに合わせた物件をAIが提案します。
AIホームズくんBETAは、チャット形式で質問に答えていく形式で、ユーザーは気軽にサービスを利用できます。質問の中でもユーザーに合わせた補助的な質問が行われ、好みに合った「住まいのカルテ」を作成することが可能です。
同社はさらに2023年に、ChatGPTの技術を活用した、LINEでいつでも住み替え相談ができるサービス「AIホームズくんBETA LINE版」のパイロット版を提供開始しています。対面での住まい選びの相談サービスの認知はまだ低く、いきなり来店するのも心理的ハードルが高いなどの課題があります。そこで、24時間いつでも対応可能なAI技術と、生活に密接しているLINEを連携させることで、いつでも気軽に住まいに関する相談ができるサービスとして開発されました。対話をしながら条件を明確にしていく体験を身近にし、住まい探しの第一歩を踏み出しやすくすることを目的としています。
出典:LIFULL HOME’S PRESS「AIがあなたにピッタリの家を提案? 住まい探しにおけるAI活用の現在地」
PR TIMES「【国内不動産ポータルサイト初※】「ChatGPT」の技術を活用した「AIホームズくんBETA LINE版」を提供開始」
※LIFULL調べ(2023年4月27日時点)
日当たり・騒音の計測
物件情報の透明性を高める施策の一つとして、不動産物件の販売サイト「FLIE」では室内の明るさや騒音の度合いをサイトに掲載する実証実験を行っています。明るさや騒音の計測にはコミュニケーションロボットを用い、掲載する物件の室内に設置することでリアルタイムの計測を行います。内見でも分かりにくいケースの多い情報を掲載することで、透明性を高め、物件購入の後押しになることが期待されています。
出典:日本経済新聞「部屋探しにもロボット 物件の日当たり騒音24時間計測」
サイトでのAIチャットボット
不動産業界に限ったものではありませんが、AIによるチャットボットの活用も期待されています。チャットボットとは、ウェブブラウザの端などに出現するチャットスペースを指します。ユーザーは質問文や関心のある単語を入力することで、回答や関連する情報を得られたり、入力から推測・提案される質問文案を基に質問と回答を進められたりできます。
近年はこのチャットボットをAIで運用するケースが増えてきており、人間を介さずAIだけで質問や問題の解決ができるのも珍しいことではなくなりました。
チャットボットを導入することで、ユーザーには「膨大な情報の中から自分に合った不動産情報を見つけやすくなる」というメリットがあります。また、24時間いつでも問い合わせできる他、担当者ごとの対応の差も生まれにくいと言えます。
企業側には「人員を削減しつつユーザーからの問い合わせを受けることができる」というメリットがあります。より複雑な問い合わせには人間のオペレーターが対応できるようにすれば、さまざまなニーズに応えやすくなるでしょう。また、チャットボット経由でユーザー情報を収集できるというメリットもあります。
参考:Chat Dealer「不動産業界で注目される「チャットボット」の秘密|導入事例をご紹介!」
不動産価格予測
不動産投資におけるAI活用として、未来の不動産価格を予測するというソリューションが登場しています。現状、不動産の価格を知る方法としては「今売るといくらになるか」に留まるケースが多いかもしれません。しかしAIを活用して数年後の不動産価格を予測し、資産形成・運用に役立てられる可能性も出てきました。
AIによる需要予測に関しては、以下のコラムもあわせてご覧ください。
需要予測AIよ、需要は予測するものでなく作るものだ。
参考:PR TIMES「日本初、マンションの将来の担保価値(最低資産価値)をAIが予測する検索サービス『OlivviA』のベータ版提供を開始」
マネーポスト「AIが算出「10年後の不動産の資産価値」池袋と秋葉原に大差がついた理由」
AIで不動産の新たなユーザー価値を
近年は活況が続いていると言われながらも、将来的には人口減などから需要の下落が見込まれている不動産業界。労働環境の悪さという長年にわたる課題の解決も迫られています。それぞれの不動産企業にとってみれば、競合がひしめく中、いかに新しいサービス開発し、新たなユーザー価値を提供していくかも重要な視点です。AIがこれらのすべてを解決するのは難しいかもしれませんが、AI活用を試みる価値があるタスクは多くあるかもしれません。不動産という固定資産を扱うビジネスといえども、アイデアや問題解決の方法は「固定」させすぎずに、AIを活用するなど柔軟に考えるのが吉でしょう。