
エッジAIの活用に必要な、2つのデザイン
2022.3.20
概 要
さまざまな産業での導入が活発になる、AI。ニュースや日常シーンでもその言葉を耳にする機会が多くなりましたが、AIの新たな形の一つとして近年注目が集まるのがデバイス側にAI機能を搭載した「エッジAI」です。このエッジAIをうまく導入・活用するためには、“2つのデザイン”ができるかが重要なポイントになります。今回のコラムでは、エッジAIの概要やメリット・デメリット、活用事例の紹介をしつつ、この点について考えていきます。
目 次
・エッジAIとは
・オンプレミスとは
・クラウドとは
・エッジAIのメリット
・リアルタイム性
・通信費など固定費のコストカット
・セキュリティリスクの軽減
・エッジAIのデメリット
・大規模データの処理ができない
・システムと業務オペレーションが複雑化する
・エッジAIの活用事例
・自動運転車
・製造現場・製造工程でのセンシング
・農業での作業支援
・テクノロジーとビジネスをデザインする
エッジAIとは
「端」を意味する言葉“エッジ”が頭についた「エッジAI(Edge AI)」とは、ビジネスシーンの末端、つまりよりユーザーに近い場所に設置されるデバイスに搭載されたAIを指します。これまでAIが導入される多くの場合には、システムの中でも中枢にあるサーバー上でその処理を動作させることが主流であった一方、エッジAIではデバイスそのものが得たデータをそのデバイス内で処理、インターネット通信を介さずとも、その場で特定の認識処理・分析処理・フィードバック処理を行うことが目的とされています。
エッジAIを搭載したデバイスの例には、スマートフォンや自動車、小売店に設置されたAIカメラなどが挙げられます。例えば、自動運転車は車体に搭載された各種センサーで周囲の状況をデータとして収集し、その情報を処理し、前進や停止などの物理的な操作につなげていきます。
さて、もしAIの処理環境を“料理環境”に例えてみるならば、エッジAIはキャンプ場のようなもので、出先の限られた環境で、しかも限られた調理道具で、カレーライスのような限定された料理のみが調理可能、つまり計算能力や処理内容にかなり制限・限度が設けられた仕組みです。
オンプレミスとは
キャンプ場的なエッジAIと異なり、自宅の使い慣れたキッチンと道具で、じっくり時間をかけてたくさんのメニューを調理できるような環境が、「オンプレミス(on Premise)」です。つまり、AIの処理に必要なサーバーといったハードウェアやソフトウェアを自社内に構築する方法がオンプレミス(略して「オンプレ」とも呼ばれる)で、環境構築のための初期費用の高さやセキュリティ対策・メンテナンスの手間ひまなどのデメリットがある一方で、システムの柔軟性の高さや情報漏洩などのリスクが低いことがメリットとして挙げられます。
クラウドとは
自宅キッチンではなく、キッチンスタジオを借りて料理をするような場合、つまり外部のプラットフォーマーが提供するクラウド上の環境を借りてAI処理を回すようなシステム環境が「クラウドコンピューティング(Cloud Computing)」(略して「クラウド」と呼ばれる)です。店内カメラで画像撮影をして、そのデータをインターネット上に上げて処理、その結果をまたインターネットを介して端末側に送り返すといったような使い方が主流で、ITジャイアントであるGoogle(GCP: Google Cloud Platform)、Amazon(AWS: Amazon Web Service)、Microsoft(Microsoft Azure)がこうしたクラウドサービスを展開しており、3代プラットフォーマーとも呼ばれています。
クラウドのメリットは、自宅にわざわざ豪華なシステムキッチンを作らなくて済むことと同じように、外部環境を借りるため初期費用が低く済むこと、そして膨大・大量のデータ処理も行えるような充実した処理環境を確保できることなどが挙げられますが、リアルタイム性という点ではエッジAIには劣る点、そして複雑なタスクをAIに実施させようとすると、やはり結果として高コストになってしまうこと、また、基本的には万全な環境ではあるものの社外に情報を送信するという点で、どうしても情報漏洩のリスクと隣り合わせにあることなどがデメリットとして挙げられます。

エッジAIのメリット
キャンプ場での料理のような、言ってしまえば制限のある貧弱なエッジAIが、なぜ注目を集めているのでしょうか。その背景には、次のようなエッジAIの点が発揮すると期待されているからです。
リアルタイム性
エッジAIのメリットの一つが、リアルタイム性です。AIの処理環境として主流であるクラウドAIでは、通信のためのタイムラグが発生するため、即応性を高めるには限界があります。例えば、自動運転車に搭載されたセンサで道路に飛び出した人を認識したものの、その判定に何分・何時間もの時間がかかってしまっては意味がありません。エッジAIのようにデバイスそのものに処理機能が搭載されていればリアルタイムでの処理性能を高めることができるというわけです。その他、身近な例ではデジタルカメラのスマイルシャッター機能もわかりやすい例かもしれません。瞬間的に現れる人の笑顔を捉えるためには、やはりリアルタイム性が鍵になります。
通信費など固定費のコストカット
こちらも特にクラウドと比べてのメリットと言えますが、クラウドAIサービスは従量課金制であることがほとんどで、こうした通信費をはじめとする固定費がコストとして大きくのしかかることが課題となり得ます。もちろんエッジAIでもそのシステム次第では外部サーバーにデータを送信することも考えられますが、基本的にエッジAIそのものはデバイス内で認識・推論処理を完結するため、こうしたコストカットにつながりやすいと言われています。
一方で、AI機能搭載のセンサやカメラなど、こうしたエッジデバイスの開発あるいは購入・導入には当然ながら費用がかかります。開発・購入、そして運用に係るコストを見比べながら、最適な推論環境を選択することが肝要であることは間違いありません。
セキュリティリスクの軽減
クラウドであろうとオンプレであろうと、インターネット上にデータを送信することにはやはり情報漏洩のリスクが伴います。例えば、小売店内の顧客分析のために店内防犯カメラの映像データを送信する場合には、映像内に映った顧客の顔の画像は個人情報に当たり、こうした情報が漏洩した場合には企業の信頼を大きく損なうことにつながります。
エッジデバイス上でこうした顔情報を削除してからデータ送信するという仕組みを搭載してデータ送信を行うことも可能になっていますが、やはり外部のインタネット上にデータを持ち出さずにエッジAI内で処理を完結できた方がセキュリティリスクは低いものです。とはいえ、エッジAIがセキュリティリスクがゼロというわけではもちろんありません。デバイスそのものが物理的に盗難されるなども想定されるでしょうし、エッジAIなりにセキュリティリスクを想定した現場運用が必要になってきます。

エッジAIのデメリット
オンプレ、クラウド、エッジAI、これらはどれが優れているかという話ではなく、「目的に合わせて最適な環境を選択・構築する」という観点によって選ばれるものです。そうした意味で、エッジAIのデメリットもしっかりと押さえておく必要があります。
大規模データの処理ができない
コンピュータールームに置かれているような大規模なサーバーの大きさとの比較を想像すれば明らかですが、基本的にエッジAIは物としては小さく、伴って計算処理するためのモジュールを搭載する物理的なスペースも限られるため、どうしてもその処理性能に限界があります。
近年、センサーチップの機能向上などもあり、たしかにエッジAIの性能も高度になってきてはいますが、基本的にエッジAIでは、データを用いた学習は別環境で行い、学習済みのAIモデルを搭載・活用するために用いられます。また、大量のデータ分析、あるいは複数のタスク処理を同時にさせるような場合には、クラウドあるいはオンプレ環境を採用することが一般的です。
システムと業務オペレーションが複雑化する
これはエッジAIそのものというよりも、「何のためにエッジAIを導入するのか」という人の見定めの部分とも言えますが、“とにかく流行っているから”という理由でエッジAIの活用を導入をすれば、かえってシステム全体が複雑化してしまうことが確実です。
また、こうした新たなシステムを導入する場合には、現場の業務オペレーションを組み直す必要が生まれてくることが普通です。例えば、店内の陳列棚の状況をAIカメラで認識し、その情報をリアルタイムに店内スタッフに通知する「リアルタイム在庫把握システム」を導入するケースを考えてみると、その通知を受けて補充に走る役割はどのスタッフに任せるのか、また、さすがに全商品の把握は困難であることを前提とすると従来の補充運用とどう並列してオペレーションを組むのか、さらに、店内で調理しているお惣菜にそのシステムを導入うする場合、調理時間を考えると通知をどのタイミングで発するのがベストなのかなど、目的や活用内容に応じて必ず業務オペレーションの変更が発生します。
新しい技術を用いることの魅力はもちろんありますが、「何に、どう使うのか」という点を事前に検討しておかなければ、やはり宝の持ち腐れになってしまいます。

エッジAIの活用事例
最後に近年のエッジAIの活用例をご紹介していきます。
自動運転車
上でもご紹介しましたが、エッジAIの中でも最も期待されている分野のひとつが自動運転車です。車を自動で運転させるにあたっては、周囲の状況を把握してから運転の制御を行うまでにタイムラグがあってはならず、人間による運転と同等かそれ以上の安全性や快適性を確保する必要があります。
自動運転技術は着実に発展してきており、AI技術やセンシング技術の発達により、運転の主体がドライバーからシステムへと変わる「レベル4」の実現が見えてきたと言われています。レベル4の自動運転車の登場を見越し、警察庁は2021年12月にレベル4の自動運転車を移動サービスで使用するための許可制度を創設すると発表しています。
出典:日本経済新聞「自動運転『レベル4』実現へ 警察庁、許可制度を創設」

製造現場・製造工程でのセンシング
多くの危険が伴う製造現場で、安全管理のためにエッジAIを用いたシステムが導入されるケースが増えています。立入危険区域への作業員の侵入や、製造機械の暴走・故障など、作業員の安全を確保するためにはこうした特定のシーンをリアルタイム性に検出する必要があります。また、不良品選別など製造過程での異常検知・検出においてもエッジAIを活用する例が増えています。ヒューマンエラーを完全になくすことは難しいものの、比較的簡単な一定の異常をリアルタイムで検出可能にすることで、ダウンタイムの影響を少なくし、また人的なリソースをルーチン作業から解放させることに期待が寄せられます。
参考:Laboro.AIコラム「『製造DX』は幻想か。AI導入の今と展望」

農業での作業支援
就業者不足が深刻であり、作業の効率化や無人化の実現が期待される農業においても、エッジAIが大きな役割を担っています。完全無人化は難しいとしても、トラクターなどの耕作機を自動運転で制御する構想が描かれるほか、農薬の自動散布や農場の保守のためにドローンの活用が進められているなど、多くのシーンでエッジデバイス・エッジAIの活用素地が整いつつあります。
参考:Laboro.AIコラム「 守れ、農業。AIが描く第一次産業の進化像」

テクノロジーとビジネスをデザインする
富士キメラ総研が行った調査によると、2018年には110億円と見込まれていたエッジAIの市場は、2030年には664億円にまでなると予測されています。今後、益々の技術進化とビジネス活用が見込まれるエッジAIですが、上でキッチンの事例で触れたように「何に、どう使うか」を検討した上で、オンプレ、クラウド、エッジAIから最適な環境を選択することが重要です。
また近年では、オンプレとクラウドの良いところを組み合わせた「ハイブリッドクラウド」といった概念も登場しており、それぞれを異なる物として捉えるのではなく、組合わせることで生まれる価値にも目を向けることも、こうしたAI処理環境を検討するにあたっては大切な視点です。
ただ、いずれにしても重要な点は、これらの新しいデバイスを活用したり、システム環境を構築するということは、技術面の設計・デザインだけでは完成しないということです。新たなテクノロジーやシステムを導入するためには、その活用に合わせてビジネス側・業務オペレーション側をもデザインし直すプロセスが必ず発生します。テクノロジーとビジネスの両側面を照らし合わせながら、この2つをデザインするプロセスを当社では「ソリューションデザイン」と呼んでその重要性を提唱していますが、このソリューションデザインが精緻に達成できて初めて、エッジAIを初めとする新技術の活用素地が生まれてくるのです。
参考:Laboro.AI「ソリューションデザイン」