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Laboro.AIコラム

AI創薬【ビジネス成長のためのAI用語】

公開2024.6.14 更新2024.8.21
株式会社Laboro.AI リードマーケター 熊谷勇一

用語解説

AI創薬とは、AIを活用して新しい医薬品を開発することを指します。従来、創薬には時間などの膨大なコストがかかり、新薬が市場に出るまでに多大なリソースを要しました。しかしAIを活用することにより、化合物の設計やドッキングシミュレーション(低分子・生体高分子間相互作用における複合体の安定構造をコンピュータ上で計算的に推定する手法)、創薬ターゲットの特定、スクリーニング(有用な物質を薬剤候補群の中から見いだしたり、最も高い薬効を示す物質を選別したりする作業)、病理画像解析による薬効・安全性の評価、自然言語処理を用いた論文検索などを、迅速かつ効率的に実施できる可能性が出てきました。さらにAIは膨大なデータから、人間では分からなかったパターンを見いだすことがあり、これにより新しい創薬が促進される面があります。

海外のAI創薬の動き

中国の晶泰科技

中国がAIや量子技術を活用する次世代創薬で攻勢に出ています。新興で創薬支援の晶泰科技(XtalPi、クリスタルパイ)は2024年6月の上場を機に研究開発能力を高め、政府も多額の補助金で産業振興を急いでいます。晶泰の株主にはグーグルや中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)、ソフトバンクグループ傘下のビジョン・ファンドが名を連ね、上場前から7億ドル(約1100億円)超の資金を調達していました。米調査会社フロスト・アンド・サリバンによると、AIを活用した創薬を手掛ける新興企業として世界最多の調達額です。

晶泰は、新薬の開発で効き目のありそうな新薬の「タネ」を探す段階で量子力学による計算や生成AIを使っています。コロナ向け飲み薬である米国のファイザーの「パクスロビド」の開発では結晶構造の特定を支援し、通常は数年かかる開発工程を6週間に短縮したといい、それにより、同社の研究開発能力が世界に知れわたりました。ファイザー以外にも同じく米国のジョンソン・エンド・ジョンソン、イーライ・リリー、ドイツのバイエルもすでに晶泰の顧客で、メガファーマ(大規模な製薬会社)やバイオ技術企業で世界トップ20社のうち16社とも取引があるといいます。

晶泰は新薬候補となるたんぱく質の予測などに活用する独自の生成AI「プロテインGPT」などを活用し、顧客である製薬大手の創薬を支援しながら成長を目指しています。さらには化合物を生成する能力を生かし、農薬や化粧品の開発など幅広い分野でも事業領域を広げていく計画です。

ドイツのメルク

ドイツの医薬品メーカーであるメルクは、大部分のIT インフラを米国のアマゾンが提供するAWS(アマゾンウェブサービス)へ移行し、特に分析とAIに関するサービスを活用することにより、研究開発の加速を見込んでいます。メルクが持つ数テラバイトに及ぶ検査データから洞察を引き出し、機械学習モデルの事前学習に必要なデータが限られている場合でも、亀裂や異物の混入といった複雑な不良を見つけやすくなり、規格不適となる医薬品の誤検出を減らすことができるとしています。

米国のポラリス・クオンタム・バイオテック

米国のポラリス・クオンタム・バイオテックの創薬プラットフォーム「タキオン」は、AI・機械学習が活用されており、膨大な化学ライブラリーを自動プロセスで検索し、同時に複数の並列プロジェクトを実行できます。それにより、新薬のリード化合物(創薬標的分子に対して活性が認められ、さらに医薬品として適切な性質を持つ化合物)を開発するための新規分子を、現在の医薬品開発プロセスと比較してわずかな時間とコストで見つけることができるとしています。

フランスのサノフィと英国のエクセンシア

フランスの製薬企業サノフィと英国のAIベースの製薬を手掛けるエクセンシアは、実際の患者試料(臨床検査に⽤いた⾎液、尿など、診断のための⽣検(内視鏡検査などの際 に組織の⼀部を採取すること)試料、⼿術で切除した組織など)を使用して、エクセンシアのAI創薬プラットフォームを用い、がんを中心とする腫瘍と免疫の分野で低分子の新薬を発見・開発する協業をしています。AIと機械学習の活用で患者試料を扱えることにより、マウスを使った手法よりもはるかに高い精度で創薬ができる可能性が生まれ、さらにはスケジュールの短縮も見込まれています。

応用&詳細解説

三つの事例を基に説明します。

エーザイは、機械学習やディープラーニング等のAI技術を活用することで、より効率的に医薬品候補品を見出すことに取り組んでいます。大量の化合物についての評価データ(薬効、物性、薬物動態、安全性)で学習した機械学習やディープラーニングのモデルは、化合物を合成することなく、その化学構造から薬効、物性、薬物動態、安全性を予測することを可能とし、研究者による新規化合物の設計を支援するとしています。

富士通は理化学研究所と協働し、生成AIを使って、薬が標的とするたんぱく質の体内での状態を予測する技術を開発しています。「クライオ電子顕微鏡」と呼ばれる先端顕微鏡で撮影したたんぱく質の画像を学習して、動きのある立体構造として再現する生成AI技術のことで、薬が標的とするたんぱく質の形や動きを推定する作業を高速化できるとしています。代表的な物質の「リボソーム」を使った実験では、専門家が1日かけていた作業を2時間と10分の1以下に短縮しています。2025年3月期には製薬会社と実証実験を始める計画です。

日本医療研究開発機構が旗振り役となり、京都大学や武田薬品工業などが参加する創薬AIの共同プロジェクトもあります。AIは学習用のデータが多ければ多いほど、より精度が向上する傾向が高まりますが 、日本の製薬会社は欧米のメガファーマに比べて規模が小さく、1社だけでは創薬AIの学習データが十分にそろわないという弱点があります。そこでこのプロジェクトでは、連合学習という手法を用い、参加各者が持つ実験結果や薬剤の化学構造など、知的財産に関わるため機密性が高く、社外に持ち出すのは難しかったデータを連携させています。

連合学習とは、学習データセットが分散している環境下での機械学習モデルの学習法の一つです。従来の機械学習では、データセットが分散している場合、まずそれらを一つの大きなデータセットに集約し、それから機械学習モデルの学習を始めていました。しかし連合学習では、機械学習モデルを一つずつ学習させ、その結果得られた各モデルをマージし、それを各モデルに戻す、という流れを繰り返して学習を進めます。

ビジネス応用

AI創薬により、創薬のための時間などのコストを低減させられる可能性があることは、前述の通りです。さらなる応用としては、患者ごとの遺伝情報や病歴に基づいた最適な治療法を提案できることが考えられます。これにより、患者ごとに異なる治療効果や副作用を改善させられることも見込めます。

副作用については、過去の薬剤データや副作用情報を活用し、AIがリスクの高い化合物を排除し、さらに候補化合物の副作用を事前に予測することで、安全性の高い薬剤を早期に見つけ出せる可能性も出てきます。

このように、単に創薬に関わる業務・作業が効率化するということだけでなく、新薬の発見に向けたシミュレーションやパーソナライズ化を通して、一人ひとりの消費者とっての健康増進やウェルビーイングにつながる可能性が拓かれる点に、創薬AIの本質的な価値があります。また、製薬会社だけでなく、研究機関、保健所、公的機関なども含めたデータ共有プラットフォームの構築などを通じて、企業単体での活動ではなく産業全体が連携することになれば、より豊富なデータを元にした高度なAI予測も可能になってくるはずです。

こうした期待の高まりの一方で、AIによる創薬、具体的にはマテリアルズ・インフォマティクスやAIシミュレーションなどは、開発難易度の高いAI領域の一つでもあります。そのことは、上記で挙げた創薬AIの取り組み例が基本的に複数社が協働するかたちになっていることにも反映されているといえるかもしれません。データさえあれば良いというわけではなく、人命にも関わる分野であることからも、データの前処理はもちろん、目的に適したAIモデルの選択・設計、評価方法の検討など、専門的な知見を備えた上での慎重な検討を積み重ねていくことが肝要です。

参考
実験医学online「ドッキング
日本経済新聞「量子創薬の中国・晶泰、1000億円超調達 ファイザーも頼る
PR TIMES「AWS と Accenture、Merck の創薬期間の短縮と臨床開発の加速をクラウドテクノロジーで支援
AT PARTNERS「Polaris Quantum Biotech 量子コンピュータを利用した創薬
Business Wire「エクセンシアとサノフィが戦略的研究の協業関係を構築し、AIを駆使した精密工学的医薬品のパイプラインを開発へ
エーザイ「AIを活用した低分子医薬品候補のデザイン
日本経済新聞「富士通、生成AIで創薬速く たんぱく質状態予測10分の1
MSIISM「連合学習とは?Federated Learningの基礎知識をわかりやすく解説
中外製薬「AIを活用した新薬創出

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