ハードルを飛び越えろ。金融AIの活用と事例
2021.7.21公開 2024.2.22更新
概 要
長年にわたる取引データを保有する金融業界は、データの存在が前提となるAI関連技術を適用しやすく、導入が進んでいる業種の一つだと言われています。金融業界でなぜAIが注目されるのか、その背景や導入メリット、活用事例をとともに、そこに潜む難しさについても紹介します。
目 次
・金融業界でAIが注目される背景
・金融業界ならではの特徴
・開発環境の高度化と、消費者需要の変化
・金融業界にもらたらされる、AI導入の四つのメリット
・定型業務の自動化
・ヒューマンエラーの削減
・サービス対応力の向上
・市場動向の予測
・金融業界×AI 導入事例5選
・住宅ローン審査へのAI導入
・広告制作物のAI校閲・校正システム
・データ保護観点でのAI学習技術
・営業提案に生成AIを活用
・ChatGPTで保険商品の強化
・実は難しい金融業界でのAI活用
金融業界でAIが注目される背景
世界経済フォーラムがデロイトとの協力により発表したレポートでは、銀行業界のCEOのうち76%がAIに関する取り組みを最優先事項だと考え、金融サービス業界の経営幹部の52%がAIに対して「かなりの」投資をしていると回答しています。金融業界でなぜ、これほどAIが注目を集めるのでしょうか。
出典:日立『【第5回】銀行・金融サービス・保険にAIが与える影響-金融市場の概要』
金融業界ならではの特徴
金融業界とAIの親和性が高い理由には、以下のような点があると考えられます。
膨大な量のデータ
投資銀行をはじめ金融サービスを提供する各機関は、長年にわたる取引実績を背景に、その記録形式はさまざまではあるものの、膨大な量のデータを保有しています。AIは人間では処理しきれない大量のデータを処理し、その中から特徴的なパターンを見つけ出すことで、それら情報を分類する、あるいはその傾向から次の事象を推論するといったタスク処理を得意とします。膨大かつ多様、しかも更新頻度の高いデータ、すなわちビッグデータを保有している金融機関は、AIを導入することにより生み出される価値が非常に高い業種の一つだと言えます。
間接金融から直接金融へのシフト
金融を大きく分けると、間接金融と直接金融の二つに分けることができます。 間接金融は、資金の供給側と需要側の間に金融機関が入り、両者が直接やり取りすることはありません。一方、直接金融は資金の供給側と需要側が直接やり取りをし、資金の取引を行います。
間接金融の代表的なかたちは、銀行の一般利用者が自身の資金を預貯金し、銀行が預貯金によって得た資金を必要としている企業に貸し出すというものです。日本ではこの間接金融が戦後の経済成長を支えてきたという経緯があります。直接金融では、出資金や株式、債権、投資信託といった「証券」を供給側と需要側が直接やり取りをします。その取引のためのマーケットをつくり、取次などを行うのが証券会社です。
今後、金融の在り方は直接金融へとシフトしていくトレンドが予想されています。それを支える背景の一つが、通信やAIの技術的進化です。現在の日本ではなかなか動きが遅い面もあるものの、直接金融の扱いやすさやサービスの多様性が今後ますます増進し、資金の供給側・需要側の双方が、さまざまな選択肢から適したサービスを選べるようになっていくはずです。
開発環境の高度化と、消費者需要の変化
金融業界に限らず、近年では簡単に利用できるオープンソースのソフトウェアが増え、企業向けのオンラインストレージサービスが普及しています。これにより、AIシステムを比較的低コストで導入できるようになったことも、導入が進む背景の一つと言えます。
また、時代に応じた消費者需要の変化も要因の一つです。消費者にとってみれば、これまで提供されてきた金融商品やサービス、あるいはその安全性といった価値は、徐々に当たり前のものと見なされるようになっていきます。競合ひしめく金融業界において、各金融機関はサービスの安全性や利便性、多様性、そして他者との差別化をより高めていくために、AIという最新技術を用いる必要性が迫られていることも、背景として挙げられます。
金融業界にもらたらされる、AI導入の四つのメリット
AI技術との親和性が高い金融業界において、AI導入でどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。考えられる中で代表的な四つのメリットを紹介します。
定型業務の自動化
正確性が求められる銀行など金融機関の業務では、明確にマニュアル化された定型的なプロセスが重要になります。そのため、RPA(Robotics Process Automation)システムを活用した業務の自動化が進められている一方、AIを用いたより複雑な業務の自動化も期待される分野です。いわゆるルーチンワークだけでなく、定型化可能な業務を洗い出し、自動化のための業務オペレーションを見直し、空いた人的リソースを他の業務のために確保するといった進展が期待されます。
ヒューマンエラーの削減
上に重なる部分もありますが、ルールに基づいた繰り返しが伴うタスク処理はコンピュータが得意とするところです。AIにより定型業務の自動化が進むことによって、ヒューマンエラーの削減が期待できます。ヒューマンエラーの削減はサービス品質の向上につながるだけでなく、エラー対応やクレーム対応のために確保していたリソースを他業務に充てるといった、新たな運用も見いだされるはずです。
サービス対応力の向上
金融業界での代表的なAI活用例の一つは、お客様対応のためのチャットボットです。サービス提供内容が多岐にわたる金融機関においては、24時間365日対応可能なチャットボットが、顧客からの相談にいつでも対応できる体制を整えることのメリットは大きく、構造化されたデータベースがありさえすれば、正確なサポートを顧客に対して提供することが可能になるはずです。また、そうした対応記録からさらなるデータ活用を描くことも可能かもしれません。
しかしチャットボットは、データベースとして構築された範囲から情報をあくまでマニュアル的に引き出すものであるため、定型的な応対に留まるのが現在の技術的な限界で、人間のような臨機応変で柔軟な応対は難しいのが実際です。一般的には、YES・Noレベルの簡単な対応に用いるか、コールセンターにつなぐ前の一次受けとカテゴリーの振り分けを行うなどの活用が現実的です。サービス応対の完全自動化を目指すのではなく、チャットボットと人との協働を前提とした業務オペレーションを構築する視点が欠かせません。
市場動向の予測
金融に関する市場の動向を高い精度で予測できれば、金融機関の利用者により良い提案・サービス提供ができ、ひいては自社の業務や経営戦略の質を向上させられるでしょう。過去の大量のデータを分析して予測を導き出すことは、AIが得意とすることの一つです。ただしもちろん、AIによる予測をひたすら信じるのではなく、人間による最終的な判断を支援してくれる一つの検討材料と捉えるのが妥当でしょう。
金融業界×AI 導入事例5選
最後に金融業界でのAI導入事例を五つご紹介します。
住宅ローン審査へのAI導入
住宅ローンの審査にAIを導入し、申請者が素早く申請を行えるようにしたのが三菱UFJ銀行の「住宅ローンQuick審査」です。住宅ローンQuick審査では、NECのAI技術群「NEC the WISE」の異種混合学習技術を活用し、事前審査に必要な多くのデータの中から規則性を分析、審査判断を行えるとしています。申請者は従来よりも少ない入力項目を埋めるだけで申請ができ、最短15分で審査結果を知れるとのことです。
出典:NEC『NECのAI技術が、三菱UFJ銀行の「住宅ローンQuick審査」サービスに採用』
広告制作物のAI校閲・校正システム
みずほ銀行が採用したシステムが、凸版印刷が開発したデジタルメディアや印刷物に掲載される広告物の校閲・校正を支援できるAIシステムです。このAI校閲・校正支援システムは、業界特有の表記や専門用語を個別に学習し、業界や企業のルールに合わせた文章の校閲・校正の支援ができます。校閲・校正担当者は自動チェック機能などを使って効率良く確認作業ができるようになり、みずほ銀行では広告制作に関わる作業者の負担やヒューマンエラーを減らすことに成功しています。
出典:凸版印刷『凸版印刷、みずほ銀行の校閲・校正業務をAIで支援』
データ保護観点でのAI学習技術
近年、金融業界ではブロックチェーンの活用・投資が活発になってきていますが、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が開発したAI技術「DeepProtect」は、データの秘匿性を保持したまま学習結果を反映するためのディープラーニング技術です。
DeepProtectでは、複数の金融機関から提供されたデータを暗号化し、暗号化したまま中央サーバーに蓄積します。そして暗号化したデータを復号することなく、学習を更新することができるというものです。今後、顧客データなど外部に開示できない各金融機関の情報を集め、複数機関が連携したデータネットワークの構築が目指されています。
出典:IT Leaders『データの秘匿性を保って複数社での連携利用を可能にするマシンラーニング技術、NICTが開発』
営業提案に生成AIを活用
ふくおかフィナンシャルグループは、新たな営業支援システムを導入し、法人営業ですべき「次の一手」を現場行員に自動で助言する体制を整えています。同システムの最大の特徴である機能は、行員が顧客との会話で集めた情報や財務データなどを蓄積してデータベースを作成し、過去に成功した営業事例でみられた傾向を分析し、取引先に提案すべきことを担当行員に示唆することです。
この機能への生成AIの活用を進めており、現在はパターンごとに用意した文章を表示していますが、将来は個別案件ごとに具体的な提案を一から書き上げられることを計画しています。また、既に社内向けには生成AIを導入済みで、融資の承認を得るための稟議書づくりなどに活用しています。
出典:日本経済新聞「ふくおかFG、DXで変わる法人営業 「次の一手」助言」
ChatGPTで保険商品の強化
住友生命保険は、ChatGPTの技術を基に開発したチャットシステムを使い、主力の健康増進型保険「Vitality」の強化を進めています。具体的には、企画づくりや調査、企画書や作業計画書などの文書作成の効率化、SNS投稿用の告知文の作成などへの活用です。
保険業というかなり繊細な個人情報を扱う業種のため、情報漏洩や権利侵害、虚偽の情報を出力する「ハルシネーション」などには特に注意を払っています。例えば、クラウド上に同社向けのテナント領域内に構築したプライベートクラウドと、住友生命社内のシステムを専用線でつないでおり、入出力するデータはプライベートクラウドには一切蓄積されない仕組みにしているとしています。また、顧客の個人情報をシステムに入力したとしても流出しない仕組みにしているものの、そもそも個人情報を入力しないルールを設けています。
出典:日本経済新聞「住友生命が1万人で生成AI活用 企画書作成は1日で完了」
実は難しい金融業界でのAI活用
多くのデータを保有し、業務範囲も多岐にわたる金融業界は、AIとの親和性が高く、活用可能性が高いようにも見えます。しかし、そこにはデータの秘匿性の問題からくるデータ活用の難しさや、AIの出力結果に求められる正確性の高さや更新頻度の多さなど、AI技術を適用するに際してのハードルがいくつも存在します。これらの点は金融業界でAI導入を進める上での特有の難しさだと言えるでしょう。そのため、効率化や自動化を目的とした定型的な業務へのAI導入は比較的行われる傾向にありますが、金融の本業に関わる部分へのAIの活用はまだまだ道半ばにあります。
当社ではAI導入・活用に当たって、ビジネスとAI技術の両方を理解した「ソリューションデザイナ」が、開発だけでなく導入後の運用方法までも見据えたAI開発をする「ソリューションデザイン」という概念を提唱しています。まさに、ビジネス理解なくして変革が伴わない業界の一つが、この金融業界です。単にAIという技術の革新性に注目するだけでなく、データ活用にまつわる環境整備やプライバシー保護のための制度構築など、組織・環境・制度の変革も伴った視点が金融業界でのイノベーション創出には必要になるはずです。