
ハードルを飛び越えろ。金融AIの活用と事例
2021.7.21
概 要
長年に渡る取引データを保有する金融業界は、データの存在が前提となるAI関連技術を適用しやすく、導入が進んでいる業種の一つだと言われます。金融業界でなぜAIが注目されるのか、その背景や導入メリット、活用事例をこのコラムではご紹介するとともに、そこに潜む難しさについても触れていきたいと思います。
目 次
・金融業界でAIが注目される背景
・金融業界ならではの特徴
・開発環境の高度化と、消費者需要の変化
・金融業界にもらたらされる、AI導入の3つのメリット
・定型業務の自動化
・ヒューマンエラーの削減
・サービス対応力の向上
・金融業界×AI 導入事例3選
・住宅ローン審査へのAI導入
・広告制作物のAI校閲・校正システム
・データ保護観点でのAI学習技術
・実は難しい金融業界でのAI活用
金融業界でAIが注目される背景
海外のデータにはなりますが、ある調査研究によれば、銀行業界のCEOのうち76%がAIに関する取り組みを最優先事項だと考え、金融サービス業界の経営幹部の52%がAIに対して“かなりの”投資をしていると回答しています。金融業界でなぜ、これほどAIが注目を集めるのでしょうか。
出典:日立『【第5回】銀行・金融サービス・保険にAIが与える影響-金融市場の概要』
金融業界ならではの特徴
金融業界にはAIとの親和性が高い、以下のような理由があると考えられます。
膨大な量のデータ
投資銀行をはじめ金融サービスを提供する各機関は、長年に渡る取引実績を背景に、その記録形式は様々ではあるものの、膨大な量のデータを保有しています。AIは人間では処理しきれない大量のデータを処理し、その中から特徴的なパターンを見つけ出すことで、それら情報を分類する、あるいはその傾向から次の事象を推論するといったタスク処理を得意とします。膨大かつ多様、しかも更新頻度の高いデータ、すなわちビッグデータを保有している金融機関は、AIを導入することにより生み出される価値が非常に高い業種の一つだと言えます。

間接金融から直接金融へのシフト
金融を大きく分けると、間接金融と直接金融の2つに分けることができます。 間接金融は、資金の供給側と需要側の間に金融機関が入り、両者が直接やり取りすることはありません。一方、直接金融は資金の供給側と需要側が直接やり取りをし、資金の取引を行います。
間接金融の代表的な形は、銀行の一般利用者が自身の資金を預貯金し、銀行が預貯金によって得た資金を必要としている企業に貸し出すというものです。日本ではこの間接金融が戦後の経済成長を支えてきたという歴史があります。直接金融では、出資金や株式、債権、投資信託といった「証券」を供給側と需要側が直接やり取りをします。その取引のためのマーケットを作り、取次などを行うのが証券会社です。
今後、金融の形は直接金融へとシフトしていくことがトレンドとして予想されています。それを支える背景の一つが、通信やAIの技術的進化です。現在の日本ではなかなか動きが遅い面もあるものの、直接金融の扱いやすさやサービスの多様性が今後ますます増進し、資金の供給側・需要側の双方が、さまざまな選択肢から適したサービスを選べるようになっていくはずです。

開発環境の高度化と、消費者需要の変化
金融業界に限らない話ですが、近年では簡単に利用できるオープンソースのソフトウェアが増え、企業向けのオンラインストレージサービスが普及したことにより、AIシステムを比較的低コストで導入できるようになったことも導入が進む背景の1つと言えます。
また、これも当然の話ではありますが、時代に応じた消費者需要の変化も要因の一つです。消費者にとってみれば、これまで提供されてきた金融商品やサービス、あるいはその安全性といった価値は、徐々に安全に当たり前のものへと変化していきます。競合ひしめく金融業界において各金融機関は、サービスの安全性や利便性、多様性をより高めていくために、AIという最新テクノロジーを用いることはもちろん、競争上の差別化戦略の観点からも必要性が迫られていることも、その背景だと考えられます。

金融業界にもらたらされる、AI導入の3つのメリット
AI技術との親和性が高い金融業界において、その導入でどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。考えられる代表的な3つのメリットをご紹介します。
定型業務の自動化
正確性が求められる銀行など金融機関の業務では、明確にマニュアル化された定型的なプロセスこそが重要になります。そのため、RPA(Robotics Process Autmation)システムを活用した業務の自動化が進められている一方、AIを用いたより複雑な業務の自動化も期待される分野です。いわゆるルーチンワークだけでなく、定型化可能な業務を洗い出し、自動化のための業務オペレーションを見直し、空いた人的リソースを他の業務のために確保するといった進展が期待されます。

ヒューマンエラーの削減
上に重なる部分もありますが、ルールに基づいた繰り返しが伴うタスク処理はコンピュータが得意とするところであり、AIにより定型業務の自動化が進むことによってヒューマンエラーの削減が期待できます。ヒューマンエラーの削減は、サービス品質の向上へとつながり、エラー対応やクレーム対応のために確保していたリソースを他業務に充てるといった新たな運用も見出されるはずです。
サービス対応力の向上
金融業界での代表的なAI活用例の1つは、お客様対応のためのチャットボットです。サービス提供内容が多岐に渡る金融機関においては、24時間365日対応可能なチャットボットが、いつでも顧客からの相談に対応できる体制を整えることのメリットは大きく、構造化されたデータベースがありさえすれば、正確なサポートを顧客に対して提供することが可能になるはずです。また、そうした対応記録からさらなるデータ活用を描くことも可能かもしれません。
しかし、チャットボットはあくまでマニュアル的にデータベースとして構築された範囲から情報を引き出すものであるため、定型的な応対に留まるのが現在の技術的な限界で、人間のような臨機応変で柔軟な応対は難しいのが実際です。一般的には、YES・Noレベルの簡単な対応に用いるか、コールセンターにつなぐ前の一次受けとカテゴリーの振り分けを行うなどの活用が現実的であるため、サービス応対の完全自動化を目指すのではなく、チャットボットと人との協働を前提とした業務オペレーションを構築する視点が欠かせません。

金融業界×AI 導入事例3選
最後に金融業界でのAI導入事例を3つご紹介します。
住宅ローン審査へのAI導入
住宅ローンの審査にAIを導入し、申請者が素早く申請を行えるようにしたのが三菱UFJ銀行の「住宅ローンQuick審査」です。住宅ローンQuick審査では、NECのAI技術群「NEC the WISE」の異種混合学習技術を活用し、事前審査に必要な多くのデータの中から規則性を分析、審査判断を行えるというものです。申請者は従来よりも少ない入力項目を埋めるだけで申請ができ、最短15分で審査結果を知ることができるとのことです。
出典:NEC『NECのAI技術が、三菱UFJ銀行の「住宅ローンQuick審査」サービスに採用』
広告制作物のAI校閲・校正システム
みずほ銀行が採用したシステムが、凸版印刷が開発したデジタルメディアや印刷物に掲載される広告物の校閲・校正を支援することのできるAIシステムです。このAI校閲・校正支援システムは、業界特有の表記や専門用語を個別に学習し、業界や企業のルールに合わせた文章の校閲・校正を行うというもので、校閲・校正担当は自動チェック機能などを使って効率良く確認作業ができるようになり、みずほ銀行では広告制作に関わる作業者の負担やヒューマンエラーを減らすことに成功しています。
出典:凸版印刷『凸版印刷、みずほ銀行の校閲・校正業務をAIで支援』
データ保護観点でのAI学習技術
近年、金融業界ではブロックチェーンの活用・投資が活発になってきていますが、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が開発したAI技術「DeepProtect」は、データの秘匿性を保持したまま学習結果を反映するためのディープラーニング技術です。
DeepProtectでは、複数の金融機関から提供されたデータを暗号化し、暗号化したまま中央サーバーに蓄積します。そして暗号化したデータを復号することなく、学習を更新することができるというものです。今後、顧客データなど外部に開示できない各金融機関の情報を集め、複数機関が連携したデータネットワークの構築が目指されています。
出典:IT Leaders『データの秘匿性を保って複数社での連携利用を可能にするマシンラーニング技術、NICTが開発』

実は難しい金融業界でのAI活用
多くのデータを保有し、業務範囲も多岐に渡る金融業界は、AIとの親和性が高く、活用可能性が高いようにも見えます。しかし、そこにはデータの秘匿性の問題からくるデータ活用の難しさや、AIの出力結果に求められる正確性の高さや更新頻度の多さなど、AI技術を適用するに際してのハードルがいくつも存在し、これらの点は金融業界でAI導入を進める上での特有の難しさだと言えます。そのため、効率化や自動化を目的とした定型的な業務へのAI導入は比較的行われる傾向にありますが、金融の本業に関わる部分へのAIの活用はまだまだ道半ばにあります。
当社では、AI導入・活用にあたって「ソリューションデザイン」という概念を提唱していますが、まさにビジネス理解を無くして変革が伴わない業界の一つが、この金融業界です。単にAIという技術の革新性に注目するだけでなく、データ活用にまつわる環境整備やプライバシー保護のための制度構築など、組織・環境・制度の変革も伴った視点が金融業界でのイノベーション創出には必要になるはずです。