ChatGPTは、教育の未来なのか、それとも不正行為の未来なのか?
2023.3.27
監 修
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティング部長 和田 崇
概 要
紙も電卓もインターネットも、学習技術の進歩はすべて「Death of learning(学習の死)」と呼ばれてきました。
昨年11月にリリースされた対話型 AI 「ChatGPT」も生徒の学習に悪い影響を与えるのではないかとして、イギリスやアメリカ、フランス、インド、オーストラリアなどで学校での使用をブロックする措置が始まっています。しかし、スタンフォード大学の学生に対する調査では 17% が試験や課題ですでに「ChatGPT」を使ったと回答し、学生サイドからは、このツールの学習における有益性を示し先手を打とうという動きも出ています。
世界中の教育現場で異なる意見が飛び交っている中、「ChatGPT」を開発した OpenAI の CEO サム・アルトマンは、自分たちの作ったものを「少し怖い」としながらも、このツールが全ての人それぞれにあった教育を提供できる可能性に期待していると述べています。
今回は、話題の対話型 AI 「ChatGPT」が学校で禁止された国で何が起こっているのかを見つめ、テクノロジーが提供できる教育の可能性について考えていきたいと思います。
目 次
・スタンフォード大学の考査で使われた「ChatGPT」
・使用禁止が進む教育現場に先手を打つ学生
・AI を使っていると、真面目に言いたい
・「ChatGPT」は今までの不正と、どう違う?
・人に近づくほど、人と区別ができなくなる
・生徒の主張と教師の主張
・子どもはいずれ「ChatGPT」を使う大人になる
・教育現場は「一旦停止」で時間を稼ぐ
・2050 年に向けて学び、卒業する子どもが見たい
・「富の不平等」システムの典型が高等教育
・パンデミックで教育格差は広がった
・子どもによる「ChatGPT」の使い方
・「10歳の子どもにわかるように説明して」
・好奇心は「質問」のかたちをとる
・大人による「ChatGPT」の使用条件
・「どのように使ったのかを説明して」
・対話型 AI があれば、英語の情報にアクセスできる
・大人による「ChatGPT」の使用条件
・AI を一部の人ではなく、個々の人に役立てる
・みんながそれぞれ AI とともに学べる社会を
スタンフォード大学の考査で使われた「ChatGPT」
使用禁止が進む教育現場に先手を打ちたい学生
昨年11月の対話型 AI 「ChatGPT」のリリースから程なくして、英語圏の教育現場に激震が走りました。アメリカのスタンフォード大学の秋学期(9−12月)の課題や試験で、 17% の学生が「ChatGPT」を利用していたことが匿名アンケートによって分かったのです。
奇しくも「ChatGPT」はスタンフォード大学を中退したサム・アルトマンを共同設立者とする Open AI が開発した対話型 AI です。“会話する Google ” と表現されることもある「ChatGPT」は、LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)という名の通り、大量のデータをバックグラウンド に翻訳、要約、FAQなどの自然言語処理を一つのAIモデル内で完結します。なんでも聞けば文章で答えてくれるこのチャットツールを使えば、学生が問題文を入力すると、ほんの少しの手直しの手間をかけるだけで提出できるような答えを得られる可能性があります。
学生が AI にエッセイやその他の課題を代筆させるのではないかと物議を醸す一方で、学生の側からは使用していることを公表し広め、 AI を用いて学ぶことの正当性において先手を打とうという動きも出ています。
AIを使っていると、真面目に言いたい
事実、学術誌『Nature』ではすでに、対話型 AI は少なくとも4つの公開論文/最終原稿の共著者としてリストアップされ、それゆえ『Nature』は何故共著者として対話型 AI を掲載できないかを説明する方針を作成しなければならなくなりました。
ニュージーランドでは学生が「スペルチェックのようなツールを使うことと同じように AI も論文の執筆に使っている」として、学生新聞に次のような意見を述べました。
“自分は真面目な学生です。講義はすべて出席し、個別指導にも通い、読むように言われた資料は全て読んでいます。それなのに、文章をうまく書けないがために損をしているように感じてきたし、それでいいとは思えなかった”
「ChatGPT」は今までの不正と、どう違う?
人に近づくほど、人と区別ができなくなる
AI が登場する以前からインターネット上の情報を剽窃するさまざまな不正が存在していますが、「ChatGPT」の回答のコピペと単純なウェブサイト情報のコピペは別物と言えます。
「ChatGPT」を開発した Open AI は、このモデルがインターネット上の具体的にどのテキストデータを学習データとして用いているのかを明らかにしていませんし、膨大なデータや急増するユーザーとにやり取りから常に学び続ける対話型 AI は、同じ質問をしても返ってくる回答が 1 つではありません。よって AI の回答をそのまま提出しても、学生が自分で作成した文章と見分けがつかないことが問題とされています。
そもそも「自然言語処理(NLP)」系の生成 AI は、できるだけ人間の文章に近い出力をすることを目指して開発されていますから、簡単に AI だとわかる検出方法を求める世間の声は、プログラムの本質を見失っているような矛盾した要望といえるのです。
人間が書く文章でよく使われる単語と AI のテキストでよく用いられる単語の偏りを「電子透かし」として用いることもできるでしょうが、その電子透かしを回避するための言い換えツールが対応策として登場してイタチごっこになるのも容易に想像でき、今後も「ChatGPT」が作成した文章を 100% の確率で言い当てることは、限りなく不可能に近いと言わざるを得ません。
生徒の主張と教師の主張
子どもはいずれ「ChatGPT」を使う大人になる
教室で生徒と向き合う教師もどうすれば良いのか逡巡しています。2 月末、『WIRED』に掲載されていた記事の中では、ロンドンのハイスクールで英語の教鞭を執る教師が「ChatGPT」の使用をめぐって生徒と議論を交わしたことが書かれていました。
ほとんどの生徒は「バレるのが怖い、文章の質が気になる、文章を書く練習をせずにいたらいつか追いつかれるかもしれない」といった理由で、 AI の使用に否定的あるいは消極的な意見を述べたそうです。その中で、一人の生徒がはっきりと AI を使えばいいと主張したそうです。
“自分にとって文章を書くライティングの課題はただ成績を取るためのものです。自分はそんなに文章力が必要な仕事に就くつもりはないし、もし就いたとしても「ChatGPT」を使えばよくないですか?”
教育現場は「一旦停止」で時間を稼ぐ
「ChatGPT」の使用が急速に進む地域では、これまでにイギリスの複数の大学、そしてアメリカやオーストラリア、フランス、インドでも州や地区の単位で学校で使うデバイスやネットワークに「ChatGPT」の使用をブロックする措置がなされています。こうした措置は、新しい技術に対応するための方針を作成し、法を整備するのに必要な一時的なものとしているところも多いようです。
膨らむ危機感から、古き良き「紙とペン」での試験に戻そうという動きもあります。皮肉にも、教育システムがそもそも時代に遅れをとってきたためか、20世紀の教室に時計の針を戻すこともたやすくできてしまうのかもしれません。
2050年に向けて学び、卒業する子どもが見たい
当然ながら、子どもたちを学校のネットワークに閉じ込めておくことはできず「ChatGPT」の使用を完全に禁止できるはずもないなか、教育者たちは自問自答しています。
“「ChatGPT」は不正行為の未来なのだろうか。教育の未来ではないだろうか?”
AI の使用を禁止する方向に進む教育現場では「いや、対話型 AI は子どもたちにとって信じられないほど素晴らしい教育ツールだ」という声が沸き起こっていることも事実です:
“私たちは、1950 年に向けて教育された卒業生を見たくありません。 2050 年に向けて、そしてその先の発展を安全に導くことができる卒業生が欲しいのです”
(デンマークの学術誌)
“このツールを使えば、文章の流れをチェックし、より明確にする必要のある部分を特定し、論理的欠陥を見つけ、さらなる議論のためのアイデアを得るなど、より多くのことを得ることができます”
(ノルウェーのアグダー大学教授)
“ AI はこれからもずっと存在するのですから、それに対抗する必要などないでしょう。学生たちがいずれ社会で使うことになるツールなのに、 3 年間は使うな、今は存在しないことにしろというのは、とてもおかしな話です”
(スコットランドのエジンバラ・ネピア大学准教授)
中でも教育分野に貢献できる AI の可能性として特に期待されているのは、より公平に個人にあった教育を提供できるようになるのではないかという次のような意見です。
“「ChatGPT」は塾や家庭教師を利用できない子どもたちの学習成果を向上させる可能性を秘めています”
(オーストラリアのグリフィス教育研究所所長)
「富の不平等」システムの典型が高等教育
パンデミックで教育格差は広がった
世界の「富の不平等」はますます広がり、もっともリッチな 1% の人が世界の個人資産 40% 近くを保有しています。富の不平等が進む社会は、低所得層がその他の人たちと同等の機会を得られず、場合によっては富裕層の人ほどなぜか利益を得やすくなっており、その典型と言われているのが高等教育のシステムなのです。
例えば大学は、入試の点数や内申点、課外活動などに基づいて優秀とされる生徒に学費を免除したり奨学金を支給したりしますが、そういった点数や課外活動そのものに資金が必要なため、富裕層がメリットを享受しやすくなっています。
その上、コロナウイルスによるパンデミックは、教育の機会において低所得層に大きなインパクトを与えることになりました。世界 188 カ国で 15 億人の生徒が学校に通えなくなり、学校が再開されて以降も、ウガンダでは 1 割の子どもが教室からいなくなり、マラウイではハイスクールにおける女子の退学率が 48% 増加したそうです。
アメリカでは、貧困地域の子どもたちの数学の成績が、裕福な地域の子どもたちと比べて 50% 低下していたという報告がなされています。リモート教育を進めざるを得なくなったためにアメリカ政府は教育分野に巨額の資金を投入し、低所得者層へのインターネットやデバイスのアクセス向上を支援することとなりました。結果、このレベルの刺激策ができるなら、教育のシステムに平等な土俵がつくれるのではないかという前向きな見方も出てきています。
子どもによる「ChatGPT」の使い方
「10歳の子どもにわかるように説明して」
難易度でいうならば、「ChatGPT」は既にアメリカの大学院レベルの法律の試験に合格したり、同じくアメリカの経営学修士の試験に B ~ B- のランクで通過するまでになってきています。より高度な文章作成においての AI の使用に議論が集まっているため陰に隠れていますが、その前段階の子どもたちの間でも「ChatGPT」の利用は急ピッチで広まっています。
例えば、子どもたちが教科書や問題の説明文を読んで曖昧にしか理解できていない言葉があったとします。その言葉を『政治』とすると、子どもたちはそれを従来のように検索するのではなく、「ChatGPT」に「政治の意味を教えて」と質問します。それに対する回答にわからない表現があったり、まだ曖昧にしか理解できない場合は「簡単に説明して」「10歳の子供がわかるように説明して」といったように、わかるまで質問を繰り返すのです。
対話型 AI によって失われると恐れられていることをもう少し紐解くと、便利で簡単に答えが得られることによって深い学びを得られなくなってしまい、何かを探求する機会が脅かされるということなのかもしれません。ところが、子どもたちの使い方を見ているとむしろ「もっと知りたい」と心が動き出すような、教育現場の心配とは真逆の傾向も見られることがわかります。
好奇心は「質問」のかたちをとる
絵本やおもちゃを口に入れるように、私たちはまだ赤ちゃんのうちから、新しいものへの好奇心を全身で表しながら成長します。言葉が話せるようになると、子どもは普段接している大人に対して2分間で平均3つの質問を投げかけるようになります。
私たちの本能はどのように好奇心に従って動くのか、脳のメカニズムにおいてわかっていることは、人が好奇心を掻き立てられると、脳の尾状核(びじょうかく)という部位が活性化するということです。
尾状核にはワクワクする気持ちやモチベーションを高めることに関わるドーパミンを放出する神経細胞が詰まっており、私たちが好きな人を見てときめくのにも、この尾状核が関わっています。
子どもが2歳〜5歳の間に説明を求める問いかけを合計すると 4 万回に上ると推定されていますが、それも子どもがドーパミンでワクワクする期待感にはまって質問せずにいられなくなっていることの現れなのかもしれません。
大人による「ChatGPT」の使用条件
「どのように使ったのかを説明して」
人は徐々に習慣や固定観念で動くようになってしまいますが、私たちが大人になっても新しいものや知らないことは存在します。大人になる過程で子どもの頃のようには「なんで」「どうして」と聞きにくくなっても、もし対話型 AI のように常にしつこく質問できる相手がいたとしたら私たちは何か変わっていたのでしょうか?
コロンビア大学ビジネススクールのダン・ワン教授は、学生に「ChatGPT」を使って宿題をするよう勧めており、使うことにおいて一つだけ「どのように使ったのか説明すること」を条件としているそうです。
その条件によって、学生たちは「ChatGPT」により複雑な質問をするようになりました。それは、彼らが自分の代わりに課題をやらせるために AI を使うのではなく、自分とは異なるさまざまなアイデアを得て探求するために使っていることを示しています。
対話型 AI があれば、英語の情報にアクセスできる
同様に、ウォートン・スクール・オブ・ビジネスのイーサン・モリック教授も AI の使用を生徒に勧めており、「ChatGPT」が英語を母国語として話さない学生の学びに役に立っていると述べています。英語を母国語として話す人は世界の 5% ほどですが、インターネット上のコンテンツは 50% 以上を英語が占めているというほど英語のものに偏っているのが現状です。
AI はまだまだ、情報量の少ないニッチな分野や最新の情報への対応が課題とされるものの、英語を訳したり、簡単な英単語を用いて情報をくだいて説明するのは言語の中でも英語に長けた対話型 AI の大きな強みです。旧態依然とした教育では世界のほとんどの人が言葉を理解できずに諦めていた情報にまで、 AI があれば手が届くようになってきています。
AI を“ 紙とえんぴつ ” のように
AI を一部の人ではなく、個々の人に役立てる
テクノロジー業界では、これまでにイーロン・マスクやビル・ゲイツなど大富豪が続々と生まれています。個人資産が 1000 億ドル(約 11 兆円)を上回る人は世界に 9 名存在しますが、そのうちの 7 名がテクノロジー株で財を成した人だそうです。
富の不平等が広がった背景にテクノロジーがあることは間違いないでしょうが、不平等を拡大させた一因がテクノロジーであるのなら、不平等を縮小させることができるのもまたテクノロジーなのかもしれません。
Open AI の CEO サム・アルトマンは、ニュースのインタビューの中で、自社の作ったものが「少し怖い」と言いました。そして、自分がこのテクノロジーに最も期待していることの一つに「それぞれの生徒に合ったそれぞれの学び、つまり素晴らしい個別学習を提供する能力」を挙げました。
みんながそれぞれ AI とともに学べる社会を
対話型 AI は、 AI が最も理解しやすい質問を出すことで、求めることに最も近い、むしろそれ以上の答えを出してくれるようなテクノロジーです。質問をすることは人の本能に従った自然なことで、質問をする能力においては財力が大きな影響を与えることもないでしょう。
学校教育で生徒が AI とともに学び、どのように使えばより目的にあった結果や面白い結果が得られるのかを探求すれば、知識の差を埋めるだけでなく、彼らの将来の可能性を広げられるかもしれません。 すでに、より良い AI の使い方ができる方法を構築することは「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれ、コーディングなどを全て AI に任せるようになった未来で、人が高い報酬を得られる仕事になるだろうと言われています。
AI の導入がますます進む未来に向けて、みんなが納得できるやり方で AI を使うことはできないだろうかと、多くの教育者が AI を学び始めており、アメリカで行われた調査では生徒よりも教育者の方が「ChatGPT」を使用しているという結果も出ています。
インターネットの情報と同じく AI の情報が 100% 正しいとは言えないとしても、「正しい歴史」が存在しないように、常に一つの正しい答えを教えることが教育の目的ではないと強く訴える教育者もいます。自分の考えや手法を追求し、参考資料を読み解き探求することが学問であるならば、 AI によって教育現場は次のような、大きな学問のテーマを得たといってもいいのかもしれません。
「いかに AI を一部の人のためのものにせず、“ 紙とえんぴつ ” のように生徒が使えるようにするにはどうすればいいか」
より公平な社会を築くためにテクノロジーの活用を導けるかどうかは自分たちの手にかかっているのだと、教育現場から子どもたち大人たちそれぞれの挑戦が始まっています。